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「偽物の名武偵」
第三章 黄月のプルマージュ

28.かくして彼は境界線を越える

 ←27.5.終着点へ向かう物語 
偽物の名武偵、28話です。



28.かくして彼は境界線を越える

「――君。有明君。あーりーあーけー君っ」
「ん・・・」
 ハープのような流麗な呼び声が俺の意識を揺さぶり、俺は小さく呻いた。
 逆説的に、自分が今まで寝ていたことに気づく。
 あー・・・そういや、カナさんに目的地に着くまで寝とけって言われて、その通りにしてたんだっけ。
 ということはもう中国に着いたのか、と目を開けると――

 目の前に、カナさんの顔があった。

「どうわっ!?」
 俺は慌ててカナさんから距離を取ろうとする――が、とはいっても狭い潜水艇の中、しかも俺は座席に座っていたもんだから、その行動は無駄に終わる。
 というか、近い近い近い! なんでわざわざ前の座席から身を乗り出してんの・・・!
 神様が彫刻したような美貌を間近にして、顔が赤くなるのが分かる。ブラドとの戦いなんて目じゃない位に心臓がドクドクと暴れだす。
 船内が薄暗いこともあいまって、頭がくらくらするようなシチュエーションに感じてしまう。
 これ以上見ていたらおかしくなりそうなので、俺は顔を逸らし、
「あー、その・・・カナさん、なんでわざわざこっちに顔出してんだよ」
「だって、あなた前から呼びかけてもなかなか起きないんだもの。よっぽどぐっすりだったのね。武偵としては、ちょっと赤点かな?」
 クスクスと、ある種蠱惑的な声が耳をくすぐる。
 俺が起床したことで満足したのか、カナさんが前に引っ込んだのを気配で感じた。
 俺は今だうるさい心臓を抑えるように左手を胸に当てつつ、小さく息を漏らす。
 ・・・あっぶねぇ。今のは本当にやばかった。この人、いたずらっぽいところはともかく、割と好みにストライクなんだよな・・・。
 もし俺にヒステリアモードがあったら、とんでもない口説き方してたかもしれない。ヒステリア持ちじゃなくてよかった。
 などとキンジにボコボコにされそうなことを頭の片隅で考えながら、俺はカナさんに訊ねる。
「それで? もう、目的地には着いたのか?」
「んー、あと5分くらいかな。寝起きですぐ動き回るのは嫌だろうから、ちょっと早めに起こしたのよ。気持ち良さそうに寝てたから、起こすのが少し悪い気したけど・・・いい夢でも見てたのかしら?」
 カナさんの質問に、俺はわずか口をつぐみ、ぼんやりとだがさっきまで見ていた夢の内容を思い出す。
 金一さんの葬儀のこと、そこで武装検事に会ったこと、そして――
「・・・あんたと初めて会った時のことを夢に見た」
「・・・そう、あの時の」
 懐かしむようなカナさんの声に、俺も目を細める。
 それからふと思い出し、
「なあ、カナさん。あん時言ってた『お礼』があったから、俺のこと助けてくれたのか?」
「んー・・・まあ、そう、かな?」
「・・・なんだよ歯切れわりぃな。違うのか?」
「違うわけじゃないけど、それだけじゃないってこと。どっちかといえば・・・うん、そっちは後付けの理由になるわね」
「それだけじゃない? じゃあ、なんで助けてくれたんだよ?」
 他に何か理由あるか? 俺、この人になんかしたっけ?
 割と本気で判らなかったので首を捻る俺に、カナさんは前を向いたままで、
「――それは、秘密」
 少しだけ笑いを含んだ声で、あの日のようにそう言った。

 * * *

「さっ、着いたわよ。船の揺れに注意してね」
 カナさんの言葉に、俺は座席を掴んで体を固定することで応える。
 と同時に、覚えのある浮遊感が襲ってきた。俺はその正体が、潜水艇が浮上していることの証左だと知っている。
 ということは、だ。
「くっ・・・!」
 ガクガクと激しくシェイクされる船体。次いで、水音。もちろん外の景色など見えないが、おそらく今この船は、波間を割りながら水上へと飛び出したはずだ。
 その証拠に、上部にある出入り口のハッチが開いても、水は入り込んでこない。
 代わりに入り込んで来たのは・・・柔らかい、月光だった。
「そっか・・・もう、夜になってんだよなぁ」
 掌に透かして星が散らばる夜空を見上げながら、俺は呟いた。
 俺が学園島を出たのが夕方だったからな。もう、そんな時間になっててもおかしくないだろう。
 俺の呟きに、カナさんが軽く伸びをしながら反応した。
「夜も夜、もう深夜よ? 日付も変わってるわ]
「そっか・・・」
 俺は、なんだか感慨深くなって小さく零した。
 なんか・・・思い返してみれば、すげぇ一日だったよなぁ。
 アドシアードが開催したかと思えば、初日からジャンヌが白雪を攫いに来るわ、間違って単身敵陣に乗り込んだ挙句、不死身の怪物とバトル。ホント、なんで生きてんのかよくわかんねぇな。
 そして・・・今は、謎の美人と共に中国くんだりまでやってきている。
 事実は小説より奇なりと言うが・・・奇なりすぎだろ、俺の場合。
 そんなことを頭の片隅で考えつつ、俺はカナさんに促されて船外に出る。
 ハッチから体を出すと、月明かりに照らされた岩々で構成された海岸と、夜の闇を飲み込んだように黒々とした海が出迎えてくれた。なんか・・・ミステリーのドラマとかで犯人が追い詰められそうな海岸だな。
 そのまま視線を上空へ転じると、星空の中にひときわ大きく光る月が見えた。形は、ほぼ正円。満月か・・・それに近いのだろう。
「月・・・か」
 それを見てとある人物を想起するも、頭を軽く振って追い出す。今は、そんなこと考えている時じゃないしな。
 俺はハッチの淵に足をかけ、一気に潜水艇から飛び出す。地面がごつごつしていて着地時にちょっとふらついたものの、ようやく地に足をつけることができた。
 俺にとって数時間ぶりの大地であり・・・同時に、初となる中国の大地だ。
 ・・・ていうか、実感ねぇなぁ。俺、まさか初の中国がこんな密入国になるなんて思ってなかったよ。
 つーか、よく見つからずに来れたな。それだけ『イ・ウー』製の小型潜水艇のステルス性が優れているということだろうか?
 俺は凝り固まった体を伸ばしながら、
「んっんー・・・くあっ。やっぱ、何時間も座りっぱなしだと、体凝るな」
「そりゃあね。気が済むまで体ほぐしといていいわよ。ここなら、『イ・ウー』に見つかることもないだろうし」
 潮風が気になるのか、カナさんは髪をいたわるように触りながらそう言った。
 世闇の中にあってなお艶やかさを誇る長髪を目にしながら、俺は首をかしげる。
「ここなら『イ・ウー』には見つからない? どうして、そう言えるんだ?」
「ん・・・簡単に言うとね、ここは『藍幇(ランパン)』っていう大きな組織がいくつか持ってる『エアポケット』だから、『イ・ウー』の監視の目も及ばないはずよ」
「う、ん・・・? えーと・・・」
 いかん、カナさんの言葉が飲み込めない。
 俺の理解が及んでいないことを察したカナさんは、ちょっと苦笑して、
「うーん、じゃあ、もうちょっと丁寧に説明しましょうか。この世界にはね、『イ・ウー』や『藍幇』みたいな大きな組織がいくつかあるの。だけど、小規模なものはともかく、組織同士の大きな争いっていうのは起こってないのよ。どうしてかわかる?」
「あー・・・実力が拮抗してる、から?」
「惜しい。拮抗してるのは実力じゃなくて情勢、よ」
 情勢?
「漁夫の利っていったらわかりやすいかな? たとえば大きな組織同士が激突するとして、負けた方はもちろん、勝った方だって疲弊する。そうして今度は、その勝った側が別の組織に狙われることになる。弱みにつけこまれて、ね。けれどその争いにもまた勝敗があって、また勝った側が狙われて・・・そんな風に、泥沼の戦いへと陥ることを避けるために、彼らは互いに手出しをしない不可侵の姿勢を前提に置いてるの。・・・もっとも、それだけが理由じゃないんだけど・・・そうね、とりあえずはこの認識があればいいわ」
「てーことは・・・ここが『藍幇』とかいう組織の『エアポケット』・・・縄張りの一つだから、『イ・ウー』はちょっかい出せねぇってことか?」
「そんなところ。『藍幇』は本当に大きな組織で、中国全土に影響力を持ってるけれど、さすがにイコール中国全部を手中に収めてるわけじゃない。ただし、ここみたいにいくつかは絶対の領域(テリトリー)ってものを持ってるの。たとえば、香港支部の本拠地になっている浮島とかね。そういったところには、うかつに監視とか刺客とかは飛ばせないはずよ。そんなことしたらすぐにバレちゃうし、敵対行動に取られちゃうもの」
 わかった? という風に一本人差し指をピンと立てるカナさん。
 なるほど、とりあえずの事情はわかった。・・・わかった、けど、
「・・・ちょっと待て。てことは、俺たちがここに上陸したこともバレてんじゃ・・・?」
「ああ、そっちは平気。私、『藍幇』の香港支部に、ちょっと貸しがあるの。正確には、そこのお偉いさんにだけど・・・まあ、それはおいといて。あなたが寝てる間に連絡を入れて、ここに停泊することは伝えてあるの。というか・・・こっちから電話したら、迎えに来てもらうように頼んでるわ」
 ころころと笑ってそう言うカナさん。
 俺はその態度に、呆れたように笑うことしかできない。すげぇな、この人。中国全土に影響力あるような組織を、あごで使ってるよ・・・。
「だから、まあ・・・迎えを呼ぶ前に、少しお話しましょうか」
「話?」
「そう。船の中で言ったでしょ? 詳しい説明は後でまとめてって」
 カナさんの言葉に、俺は視線を中空に向けつつ思い出してみる。
 あー・・・そういや、言ってたなそんなこと。あん時は結局、目的地しか聞かされなかったもんなぁ。
 俺が思い出したことをなんとなく察したのか、カナさんはちょうど突き出た岩に腰をかけ、その前にある似たような岩を手で示した。どうやら、同じように座れということらしい。
 特に逆らう理由もなかったので、俺もまた岩肌に腰を下ろす。
 それをきっかけとして、カナさんは語り始めた。
「そうね。じゃあ、まずは・・・自己紹介、といきましょうか。私は、カナ。あなたの友人である遠山キンジの姉です。よろしくね?」
「ああ、よろしく。俺は、有明・・・・・・え?」
 カナさんに対して名乗り返そうとして、気づく。
 今この人、なんて言った?
 遠山キンジの・・・姉?
「え? は? ・・・えええええ!? き、キンジの姉ちゃん?!」
「んっ・・・ちょっと、急に大きな声出さないで。びっくりしちゃうじゃない」
「あ、すいません・・・」
 両耳を手で塞ぎながら抗議を飛ばすカナさん。俺はそれに生返事に近い謝罪を返しながら、思考の海に沈む。
 キンジの、姉・・・? いや・・・そんな人、『いるわけねぇ』。
 なぜなら、俺は知っているからだ。キンジの兄弟は遠山金一という兄が一人だけ。もちろんあいつが言ってたというだけの話だが、わざわざそんな嘘つく必要があるか? いや、でもだとしたらこの人は一体・・・?
 困惑する俺。そんな俺に、カナさんがいたずら気に笑う。
「そういうわけだから、私に手を出すのはオススメしないわよ? たとえば、今だって暗がりに二人きりなわけだけど、もしも襲って来たりしたらきっちりお仕置きするからね。私、キンジより強いもの。特に、『今の私』は」
「そんなこと――」
 ――するわけねぇだろ! と、咄嗟に言い返そうとして。
 俺は、唐突に今の台詞に既視感を覚えた。

『お前じゃ俺には勝てないよ。「今の俺」には、な』
 
 俺は、こんな感じの台詞を、誰あろう遠山キンジから、1年に渡る付き合いの中で何度か聞いたことがある。
 それも。
 決まってキンジが『ヒステリアモード』の時に。
 そして、

「・・・・・・あ」

 俺は、『ある考え』に至った。
 ――キンジの言葉に嘘がないとするならば、キンジには兄が一人しかいない。
 しかしキンジの姉を名乗る人物が今、俺の前にいる。
 この矛盾に対する答えは――

 キンジの兄である金一さんが『女装』した姿こそが、このカナさんなのでは?

 ・・・いや、なにを馬鹿なことを言っているのかと思うかもしれないが、ここで俺はもう一つの証言を提示する。
 キンジはかつて、こう言った。
『兄さんは「女装」することでヒステリアモードになれるんだ』――と。
 そしてカナさんは、ヒステリアモードのキンジを髣髴とさせる言葉を口にした。
 これもう・・・『クロ』なんじゃね?
 だが、もしそうだとすると、俺は・・・キンジの兄(男(♂))に対して、人生で一番の美人とか、急接近に心臓高鳴ったり、好みにストライクとか思ってたりしてたの・・・?
「・・・・・・」
 おい誰か俺にヒステリアモード持って来いよ。とんでもない自殺方法で死んでやる。
 ・・・というか、だ。
「いや・・・てかぶっちゃけ、あんたキンジの兄ちゃんだろ?」
「?」
 俺の問いかけに、カナさんは首を捻る。まるで、何を言ってるのかわからないというように。
 ・・・さては、しらばっくれる気だな。まあ、普通女装してることなんて知られたくねぇだろうしなぁ。
 まあ、本人がそういうスタンスを取るなら別に無理に聞き出す必要もない、か。ヒステリアモードになる必要があったってことだろうし、キンジもよく『あっちのキンジ』のことは忘れてくれって言ってたしな。よくよく業が深ぇな、ヒステリアモードは。
 それでも、だ。これだけは訊いとかねぇと、な。
「あー・・・カナさん。さっきの質問はなかったことにするから、一個聞いていいか?」
「なに?」
「あんた・・・生きてたんなら、なんでキンジの前に一度も現れなかった?」
「・・・・・・」
 ――そう。
 キンジの兄は・・・金一さんは、去年の12月に死んだ。少なくともそういうことになっていたし、キンジはそれ以来武偵という職業を忌避するようになり、金一さんの話題も極力避けていた。
 だからきっと・・・あれ以来、キンジは金一さんとは会っていなかったはずだ。そりゃそうだ、死人に会うことなんてできないんだから。
 けれど、俺の推測が正しければ、目の前の女性は金一さんで・・・つまりは彼の死は嘘だったということになる。
 じゃあ、なんで・・・せめてたった一度でも、あいつに会ってやらなかったんだ。
 俺は、薄暗闇の中でカナさんをじっと見つめる。カナさんは、目を逸らさない。逃げるような態度は取らなかった。
「・・・理由があった、っていうのは、言い訳にはならないわね。結果的に私はキンジとはあの事故以来会ってないし、おじいちゃんたちやあなたみたいな友達に、あの子のことを押し付けたんだもの。・・・そのことは、ごめんなさい。そして、あの子の友達でいてくれてありがとう」
「俺に謝る必要はないし、お礼もいらねぇ。別に、俺に大したことができたわけじゃねぇし、つるんでたくらいでいちいちお礼なんて言われても、その・・・困るよ。誰かに命令されてあいつの友達やってたわけじゃねぇんだから」
 俺は、頬を軽く指で掻きながら、適当に答える。まあ、そりゃ多少はほっとけない気持ちもあったが・・・やっぱ、それだけじゃ友達なんて続けられないだろ。
 あと、この人今さらっと自分が金一さんであることを認めたよな。まあ、今更だけど。
 それに、疑問が一つ解けた。この人が俺の名前をあの葬式の時点で知ってたのは、この人自身が金一さんだったからか。そりゃ、知っててもおかしくねぇよな。俺、名乗ったもん。
 じゃあ、次の疑問も解かせてもらおう。
「それより、あんたが言う理由ってのは一体なんなんだ? それと、武偵だったあんたが、なんで『イ・ウー』の本拠地なんかに居たんだ?」
「その説明もちゃんとするけど・・・私としては、あなたこそどうしてボストーク号に居たのかを聞きたいわ。一体どうやってあそこまで辿りつけたの?」
「あー・・・俺は、ジャンヌってやつからさっき乗ってた潜水艇を借りたんだ」
「ジャンヌ? あの子から・・・そうか、『GGG(トリプルジー)作戦』。あの子、負けたのね・・・。ボストーク号まで来れた理由は合点が行ったけど、目的は何?」
 質問を質問で返されたかと思えば、さらに質問を浴びせられる。
 まあ、隠すほどのことでもない。とりあえずここは素直に答えておこう。
「・・・別に、大した目的なんてねぇよ。ただ、その・・・ちょっと、友達を助けようと思ってさ。・・・まあ、結局失敗しちまったんだけど」
「友達・・・なるほど、そういうこと。事情はわかったけど・・・ずいぶん無茶する子ね、あなたは」
 困ったように、カナさんは苦笑する。
 つか、事情わかったってマジで? あんま詳しく説明したつもりねぇんだが・・・。
 とにかく、だ。
「俺の話はこんなところだよ。そろそろ、そっちの番だろ」
「・・・そうね、話してくれてありがとう。それじゃあ・・・前提として、有明君は『イ・ウー』についてどこまで知ってる?」
「大したことは、なにも。せいぜい、凄腕の犯罪者が多く所属してる犯罪組織ってことくらいだ」
「大まかには、それで間違いないわ。ただ詳しく説明するとね・・・『イ・ウー』は、教育機関なの」
「教育機関・・・?」
「正確には、『相互』教育機関、かな。『イ・ウー』は犯罪組織というよりは、互助組織に近いわ。天賦の才を持った者たちが、互いが持てる技術を教えあい、どこまでも強くなっていく組織。それが、『イ・ウー』のコンセプトであり、正体よ。実際組織としての目的は無いし、ただ強さを求めた連中がそれぞれの目的を胸に集った結果が『イ・ウー』。そのリーダーである『教授(プロフェシオン)』の命令にこそ従うとはいえ、集団と言った方が適切かしらね」
 なるほど・・・ただでさえ強い連中が、さらに強くなるための場所。それが『イ・ウー』ってことか。
 まあ、それ自体は、よくある光景だろうさ。教えあって強くなるって形は、言ってみれば武偵高(うち)でもやってることだ。やりたきゃどうぞご勝手にって感じだが・・・問題は、その連中がハイジャックだの誘拐だのやってること、だな。
 目的のために、真の意味で手段を選ばない。そういう連中ってわけか。
 ・・・ふと、理子やジャンヌにもそういう『目的』ってやつがあるのだろうか、なんて考えが頭に浮かんだ。
 犯罪に手を染めてまで叶えたい『目的』・・・か。
「・・・・・・」
「有明君?」
「・・・いや、なんでもねぇ。とにかく、『イ・ウー』については大体わかった。そんで・・・あんたは、そのメンバーなのか?」
「・・・ええ、そうよ。私は、『イ・ウー』のメンバー。それは間違いないわ。――『表向き』は、ね」
 表向き・・・?
「実を言うとね・・・私が世間から姿を消すきっかけになった浦賀沖海難事故・・・あれは、『イ・ウー』のメンバーが起こした事故、ううん、事件だったのよ」
「な・・・ッ!?」
 俺は、衝撃の事実に絶句する。
 金一さんが死んだとされる原因となったあの事故が、実は『イ・ウー』が起こした事件だった?
 そうか・・・だからあの時ブラドは、「金一さんの死は『イ・ウー(おれたち)』が原因だ」とか言ってやがったのか。
 ・・・だが、そうだとすると疑問が残る。
「じゃあ、なんであんたは生きてて、しかも『イ・ウー』なんかに所属してんだよ?」
「どうも、あの事件は私を『イ・ウー』に攫うために起こしたものらしくてね。燃える船の中で、私はメンバーに勧誘を受けたの。それを断って、そのまま倒しちゃってもよかったんだけど・・・私はその誘いに乗ることにしたの」
「・・・なんで?」
「――潜入して、『イ・ウー』を丸ごと潰すため」
 間髪を入れずに返ってきた答えに、俺はごくりと唾を飲み込む。
 この人・・・マジかよ。あんな大きな組織を、壊滅させる気だったのか。
 キンジ。お前の兄ちゃんは、本当にすげぇ人だぞ。俺なんて、理子の敵一人倒せねぇってのに・・・。
 俺の中で、カナさんに対する株が急上昇する。いつかテレビの中で見たヒーローを目の当たりにしているようで、胸が熱くなる。
 すげぇ・・・この人、すげぇ・・・!
「キンジの前から・・・というよりも、表の世界から姿を消したのもまた、『イ・ウー』が理由になってるわ。『イ・ウー』に関する情報はどこの国でも重要機密(トップシークレット)。知ってるだけで国から消されるような、そんな組織よ。だから、誰に話すこともできなかったし、巻き込まないために私は姿をくらませたの。・・・有明君にはもういろいろ喋っちゃったし会っちゃったけど、もうメンバーとも戦ってるし、いまさらよね。日本政府に知られたら、消されちゃうかもしれないけど」
 ひでぇ・・・この人、ひでぇ・・・!
 カナさん株大暴落したんですけど。
 まあ・・・うん、正直ふざけんなって言いたいけど、もう3人と戦っちまってるし、確かに今更かもな。うん、今更今更。あはははは! ・・・もういやだ、この段々異常に慣れてくる感覚。
 頭を抱える俺に「どうしたの?」なんて声をかけてくるカナさんに、緩やかに首を振る。
 それをどう受け取ったのか、カナさんは話をまとめにかかった。
「・・・さて、と。これでおおざっぱには説明終わり、かな?」
「こっちも、大体聞きたいことは聞けたよ。それで? これからの方針は?」
「・・・それなんだけど、ね」
「?」
 歯切れ悪く口にするカナさんに、俺は首をかしげる。いきなりどうしたんだ?
「なんだよ、ノープランってことか? そりゃまあ、急にボストークから逃げ出したんだし、しかたな――」
「違うの」
「・・・カナさん?」
 ばっさりと、俺の言葉はカナさんに遮られた。
 怪訝な目で俺がカナさんを見つめる中、彼女はすっと立ち上がり、踵を返したかと思うと、ゆっくりと歩き始めた。
 なんだ・・・?
 唐突な展開に、俺は困惑することしかできない。咄嗟に立ち上がってはみたものの、カナさんの意図が読めず、その場で佇むことしかできなかった。カナさんがなにをしたいのか、さっぱりわからない。
 しかしカナさんの歩みは、それほど多くは刻まれなかった。せいぜいが、数メートル。それだけの距離を作った後、彼女は俺に背を向けたままで再び語り始めた。
「・・・さっき私は、言ったわよね? 私が『イ・ウー』にいたのは、組織を叩き潰すためだったって」
「あ、ああ・・・」
「けれど、それには障害があった。私一人じゃ、組織全員を相手取っても、さすがに勝つことはできない。だから私は、ある作戦を考えた。それが――『同士討ち(フォーリング・アウト)』」
『同士討ち』・・・潜入捜査の際に行われる作戦の一つで、犯罪組織を内部分裂させ、共倒れを狙う武偵用語。
 言うまでもなく危険度が高い作戦だ。バレたら、まず確実に殺されるからな。
 この人、そんなのを実行しようとしてたのか・・・。
「そして、『同士討ち』を起こすためにさらに必要になってくるのが、リーダー不在の状況を作り出すこと。『イ・ウー』はさっき言った通り、かろうじて組織の体裁を保ってるだけの集団よ。圧倒的な力を持つリーダーがいて初めて、まとまりを得ている。だから、現リーダーがいなくなれば、次のリーダーを決める戦いを始めとして、多くの混乱が齎されるはず。それが、私が考えた『イ・ウー潰しの作戦』よ」
「そうか、確かにそれなら・・・」
 上手くいけば、労せずに連中は自滅してくれるかもしれない。いや、そこまでいかなくても組織がばらければ、各個撃破が可能になるし、少なからず疲弊させることもできる。策としては、かなり上等――――あれ?
「でも、それって・・・」
「・・・気づいた? ――そう、この作戦はもう、ほぼ不可能。少なくとも、真正面からは。現リーダーの排除は、現状私の裏切りがバレた以上、もう無理でしょうね。暗殺が最も可能性が高かったんだけど・・・もう一度潜り込むのは、多分無理」
「・・・ごめん。俺のせいで、あんたの裏切りがバレちまったんだよな・・・」
「それはもういいの。終わったことだし、私がやりたくてやったことだしね。・・・でも、これで『第2の可能性』は消えた」
 申し訳なさに声を沈ませる俺に、気をつかわせまいと朗らかに答えてくれたカナさんの口から、意味深な言葉が出た。
『第2の可能性』・・・?
「私はね、有明君。リーダー不在の状況を作り出すという作戦に対しても、また作戦を立ててたの。それも、2つ。そのうちの一つが、『第2の可能性』――つまりは、『教授』の暗殺だったの」
「第2・・・ってことは」
「そう。私はもう一つ、『第1の可能性』を持ってる。こっちは、『第2の可能性』に比べて、おそらく難易度はぐっと下がるし、今でも十分実行可能な作戦よ」
 現リーダーの暗殺以外で、リーダー不在の状況を作り出す。それが、『第1の可能性』ということなんだろう。
 そして、それは十分可能だとカナさんは言った。
 だったら・・・、
「じゃあ・・・それを、したらいいんじゃねぇのか?」
 と、俺は詳細はわからないままでそう言った。
 それに返ってきたのは、しかしイエスでもノーでもなく、質問だった。
「・・・ねえ、有明君。一つ、あなたに聞いていい?」
「え? ・・・まあ、俺に答えられることなら」
「そう。じゃあ――」
 ふわり、と。
 長く艶やかな栗色の髪をなびかせながら、カナさんは振り返った。
 今までにはない、真剣みを帯びた青みがかった黒瞳が俺を見据える。
 そして、
「もし、あなたにどうしても成し遂げたいことがあったとして・・・そのために、誰かを犠牲にする道を、あなたは選べる?」
 そう言ったカナさんの瞳は、なおも真剣だった。
 だからこそ俺もまた、真剣に――けれど、即答する。
「いや、選ばない」
「・・・どうして? それが、唯一の解決策かもしれないのよ?」
「だって、そんなの自己満足だろ」
 またも俺が即座に返せば、カナさんはわずかに目を見開いていた。
 その光景を見ながら俺の脳裏に浮かんでいたのは、今から1ヶ月ほど前のハイジャック事件での一幕。
 ――あの時。
 アリアを、キンジを、俺を、そしてバスジャックやハイジャックに巻き込まれた乗客を犠牲に何かを為そうとしていた理子を、俺は否定した。そのやり方は、間違ってるんだと。
 その時の気持ちに嘘はないし、そして否定したからこそ、俺はここでもまた否定しなければならない。そうじゃなきゃ、嘘になるだろ。理子の前に立ちふさがったことも、助けたいと思ったあの気持ちも。
 だから俺は、言ったんだ。『それ』は、自己満足だ・・・って。
 きっと・・・『第1の可能性』ってのは、そういうことなんだろう。さすがに、この場面で無関係とは思えない。だから、多分『第1の可能性』の先には、誰かの犠牲があるはずだ。
 それを否定したところで、俺に代案なんてない。それどころか、俺はもうすでに一個作戦を潰してる。こんなこと、言える立場じゃない。
 それでも、なんとなくだが・・・俺には、カナさんがその実否定してほしそうに見えた。ただの、勘違いかもしれねぇけどな。
 ――果たして。
 カナさんは、長く息を吐き・・・そして、キッと眦を釣り上げた。
「――有明君。私を、見なさい」
「は・・・?」
「月も、海も、大地も、何も見なくていい。私だけを、まっすぐに、まっすぐに、見つめなさい。そして・・・私に、見せて。君の可能性を。――『第3の可能性』を」
 スッ――と、両手をだらりと垂れ下げ、足をわずかに開いた状態で、カナさんはただ突っ立っている。
 な、なんだ? どういうことだ? カナさんは俺に、何をさせようとしてんだ?
 まったく意図が見えない――が、とりあえず、俺にできること・・・というか、させたいことは、カナさんをじっと見ることだけらしい。
 正直、意味がわからんが・・・まあ、そういうことならしかたない。
 というわけで、俺は言われたとおり、視線をカナさんに固定した。どこを見ろとは言われなかったので、とりあえず全体を観察してみる。・・・俺はなにが悲しくて、男を見つめなきゃなんねぇんだろうか。
 じっと・・・じっと、カナさんだけを見つめる。
「・・・・・・」
 しっかし、見れば見るほど女の人にしか見えねぇんだよな、この人。
 顔は言うに及ばず絶世の美女だし、まあ、長髪は男でもいるからいいとして、なんで胸膨らんでんの? どうやって偽装してんだろ。いつか知れたら、アリアにも教えてやろう。
 まあ、それらはいいだろう。メイク、カツラ、パッド。方法だけなら、俺でもできなくはないだろう。
 けどさ。

 なんで、そんなに腰くびれてんの?

 いや、おかしいだろ。ラインが完全に女性だろ、それ。イカ腹のアリアとは、雲泥の差だ。非常にけしからん感じの曲線美を持っている。
 一番どうやって実現してるのかわからない女性らしいポイントに、ちらっと・・・本当にちらっとだけ視線が移ってしまった。いや、違うけどね? 俺、くびれとか興味ないけどね? そんなちょっとマニアック嗜好とかじゃくて、なんというかほら、学術的見地からの知的好奇心が「有明君、あなた今・・・ッ!」うえぇえ!?
 脳内でつらつらと言い訳めいたことを並べ立てていると、カナさんがものっそい勢いでバックステップした。
 ちょ・・・っ!? そんな引かなくても!?
 俺の顔がさあっと青くなり、カナさんの顔には緊張感が走っている。
 待って待って待って! お願い、今の無しにして! 友達の兄貴のくびれに思わず目がいっちゃいましたとかもし広まったら、恥ずかしさで俺が逝っちゃいましたってなるから!
 というか、え? バレたの? 俺、本当にちらっとしか見てねぇぞ。・・・いやでも確か理子が昔、「女子って結構そういう視線気づいてるんだよー?」とか言ってたっけ。
 しかし、これはマズイ。俺をからかってばっかのカナさんのことだ。もし今後キンジに会うようなことがあれば、バラされてしまうかもしれない。いや、よしんばそれが無かったとしても、これをネタにいじられる未来しか見えない。
 なんとしてもここで釈明しなければ、と俺は意気込む。クソ、なんで俺がこんな目に遭ってんだ。それもこれも、全部あのくびれが悪い。チクショウ! あのくびれのせいで、あのくびれの・・・いやでも、本当にすご――
「――ッ!」
 ざりっ、とわずかにカナさんのつま先が動いた音を聞いて、俺は正気に戻る。
 俺の馬鹿野郎・・・! どうして同じ轍を踏んでんだ・・・!
 俺は慌てて、言い訳のようにカナさんに頼み込む。
「ちょっ、待ったカナさん! 引かねぇでくれ!」
「・・・その言葉。確証はなかったけど・・・やっぱり、見てたのね?」
 両手を前に突き出しつつ弁明する俺に、カナさんはそう言った。
 ・・・え? これ、ひょっとして自爆したパターンですか?
「えっと・・・はい。見てました」
 俺は、あっさりと自白した。
 なんという誘導尋問(リーディング)。そうか、綴(つづり)先生に尋問された犯罪者たちもきっと、こんな気持ちだったんだろうなぁ・・・。
 ああ、これはもう俺アリアに続いてカナさんのドレイ化決定かな・・・。ドレイの兼業とか聞いたことねぇよ。
 などと肩を落とす俺。そんな俺に、カナさんはつかつかと歩み寄り、
「有明君・・・お願いがあるの」
「はい・・・」
 お願いか。なんだろう。中国中のブランドもの買い集めてこいとかかな(適当)。
 諦観からそんなことを考えていると、カナさんは右手を俺に差し出し、
「あなたにまだ、『イ・ウー』と戦う覚悟があるのなら・・・この手を取って。ほんの少しでいい。私に協力してちょうだい」
「・・・・・・」
 予想外の言葉に、俺は一瞬絶句する。
 しかし次第に、その意味を俺は飲み込んでいった。
『イ・ウー』と戦う覚悟がまだあるなら・・・か。
 正直なところ。
 あんな怪物ともう一度戦いたいかと問われれば・・・まあ、それはNOだろう。運よく生き残りはしたが、それは本当に運がよかっただけの話にすぎない。
 だから、ここで降りるのが一番正しい選択なんだろう。
 ――けれど。
 俺は、あのハイジャック事件の中で、理子に「たすけて」と言われたんだ。気のせいだったのかもしれないが、少なくとも俺はそう受け取った。
 そして、受け取った上で、俺はあいつを助け出そうと行動を起こした。
 つまり・・・少し強引かもしれないが、そこで『依頼』は成立したんだ。
 武偵憲章2条「依頼人との契約は絶対守れ」。
 頼りないかもしれないが、武偵としてはまだ諦めるわけにはいかない。
 ――だから、
「・・・俺に、『イ・ウー』を叩き潰したいなんて正義感はない。俺は、あんたほど『正義の味方』にはなれないし、そんな覚悟もない。でも・・・俺は、友達を助けたい。だから・・・その分だけなら、あんたに協力できるかもしれない」
 そう言って、俺はカナさんの手を取った。
『イ・ウー』全員を相手できるほど、俺は強くない。おまけに、『教授』とやらに勝てるとも思えない。一度会ったことがあるが、あれは俺とはまったく次元が違う。
 その意味で言えばブラドだって同じだが・・・まあ、なんだ。あいつ一人分くらいなら、俺が担当するのはやぶさかじゃない。借りもあるしな。
「ありがとう」
 端的にそう言って、カナさんは笑った。
 それから彼女はポケットから携帯電話を取り出し、
「それじゃあ、私は『藍幇』に連絡して、迎えを送ってもらうわね。これから忙しくなるわよ、『神ノ眼(サードアイ)』・・・いえ――錬」
 最後に俺の名前を呼んで、波音から遠ざかるためか、距離を取っていった。
 なんか・・・少し、くすぐったいな。あの人に名前で呼ばれるのは。認めてもらえたみたいで、少し嬉しい。
 というか、結局ちら見の件は許してもらえたのかな。なんも言われなかったのが逆に怖い。あとでなんかすごいこと要求されそうだ。
 ・・・あと、さ。カナさん。さっきは雰囲気的につっこむのは避けたけど・・・、
 ――『さーどあい』、ってなんですか?

 * * *

「月も、海も、大地も、何も見なくていい。私だけを、まっすぐに、まっすぐに、見つめなさい。そして・・・私に、見せて。君の可能性を。――『第3の可能性』を」
 そう言って、遠山金一――否、カナは『無形の構え』を取った。
 体から余分な力を一切抜き、両手を下げ、足を肩幅に開いた自然体・・・『構えならざる構え』。それはカナにとって、いかなる構えをも上回る戦闘態勢である。
 そこから繰り出されるのは、必殺の銃撃『不可視の銃弾(インヴィジビレ)』。
 通称『見えない射撃』と謳われた、カナの十八番だ。
(この技で試させてもらう。有明君・・・あなたに、『第3の可能性』を見出せるかどうかを)
 カナは、心中のみでそう呟く。
 ――カナが世界的犯罪組織『イ・ウー』を潰すために立てた作戦が2つ存在することは、先ほどカナ自身が説明した通りである。
 一つは、『第2の可能性』。
 すなわち、『イ・ウー』内に潜伏したカナが、組織の首魁である『教授』――シャーロック・ホームズを暗殺する道。
 しかしこの方法は、すでに実行は不可能だ。なにせ、『潜伏』という前提条件が、有明錬を救出することで崩れてしまっているのだから。
 残されたのは、もう一つの道――『第1の可能性』。
 この作戦の明言を、カナは避けた。それは、そうだろう。なにせ、その道の先には、『犠牲』があるからだ。
 神崎・H・アリアという、錬が『イ・ウー』に単身立ち向かうほどに大切に思う少女の犠牲が。
 錬が友達を助けるために『イ・ウー』に向かったという話は、つい先ほど聞き出している。そして、カナは知っていた。アリアが、母親である神崎かなえを救うために、キンジと錬の両名と組み、『イ・ウー』に立ち向かっていることを。
 であれば、錬が濁した『友達』とは、おそらくアリアのことだろう。
 そして、『第1の可能性』とは――そのアリアの抹殺を意味している。アリアを殺すことで、カナはリーダー不在の状況を作り出せると考えたのだ。
 では、なぜアリアの死がリーダー不在につながるのか?
 現リーダーは、シャーロック・ホームズ。これに、間違いはない。
 問題は。
 そのシャーロックの死期が近づいている、ということだ。自然の摂理・・・すなわち、寿命によって。
 シャーロック亡き後、組織は次期リーダーを決める動きに入るだろう。それは、問題ない。だが、『イ・ウー』の中にはその争いを避けたい者たちもいるのだ。
『主戦派(イグナティス)』と『研鑽派(ダイオ)』。
 前者が、争いを望む者たち。己こそがリーダーとなり、『イ・ウー』という強大な力で世界の覇権を握ろうと目論む一派。
 後者が、争いを望まない者たち。『教授』の思想を継ぎ、自らを高みへと押し上げるためにこそ『イ・ウー』を存続させようとする一派。
 ようするに、大々的に動きたい者たちと、陰で高め合いたい者たちの間で考えが分かれているのだ。そして、『研鑽派』にとって『主戦派』の誰かがリーダーになることは好ましくなかった。
 だから彼らは探した。世界最強の名すら冠したシャーロックに代わり、圧倒的な力で組織をまとめ上げられる人材を。武力、超能力、不死――それら、『教授』を継ぐに足る資格を持った人物を。
 そして彼らが目を付けた者こそが、真の意味での『シャーロックの後継者』。
 シャーロック・ホームズ4世――神崎・ホームズ・アリアだったのだ。
 故に、カナは考えた。シャーロックの死去と、アリアの死去が合わされば。『イ・ウー』には、混乱が訪れるはずだと。すぐにでも次期リーダーになりたい連中と外部から選定したい連中の抗争が――『同士討ち』が起こる、と。
 これが、『第1の可能性』。シャーロックとアリア両名の死を以って完結する、『イ・ウー潰しの作戦』の全貌だ。
 ただし、これには時間制限がある。これは『第2の可能性』にも言えたことだが、実行はアリアが『イ・ウー』に勧誘される時までにしなければならない。
 いまでこそまだ力不足故に誘致は受けていないが、シャーロックに後継者足りうると認められ、直接命じられれば、きっとアリアは受けてしまうだろう。尊敬する祖先の言葉に加え、シャーロックには不思議な魅力がある。アリアが誘いに乗ってしまえば、全ては元の木阿弥だ。
 だからカナは、『第2の可能性』が潰えた今、可及的速やかにアリアの抹殺を行うべきだと考えていた。
 ・・・考えては、いたのだが。
 ――『だって、そんなの自己満足だろ』
 錬のその言葉を聞いて、カナはもう一つだけ残された・・・とうの昔に棄却した『可能性』を思い出していた。
 もしも。
 錬が、犠牲を良しとしていれば、カナはこの『可能性』を考慮にも入れなかっただろう。
 しかし、錬は即答で以って『第1の可能性』を切って捨てた。
 ブラドに立ち向かう姿の中に『義』を見た錬が・・・切って捨てたのだ。
 だからこそカナは、もう一度賭けてみたくなった。『イ・ウー』の中で消えかけた己の『義』を、もう一度貫き通すために。誰の犠牲も出さずに『イ・ウー』を打倒するために。
 ――そのための、『不可視の銃弾』。
 未だかつて誰一人として見破れなかったこの技を、錬が『破れるかどうか』。その結果次第で、カナは『第3の可能性』を取ると決める腹積もりだった。
(もちろん、有明君にこれを見抜けたからと言って、『第3の可能性』の成否自体には関係しない。・・・けれど。私が欲しいのは、『幻想が現実に変わる奇跡』の実存。お願い、有明君。私に、それを見せて)
 幻想は、所詮幻想。
 そんな大人のつまらない『諦め』を、打ち破って欲しい。
『第3の可能性』は、夢のまた夢とさえ呼べる、まさに成功率ほぼ皆無の作戦だ。たとえどんな根拠を見せられても、それだけでは実行には踏み込めない。
 だけど、もし。
 もし、有明錬がカナの切り札を破ることができたなら。少なくとも、カナから見て普通の少年にしか見えない彼に、そんな幻想のようなことができたなら。
 この世にそんな奇跡があるのなら・・・もう一つくらい奇跡に賭けてみても、いいのではないだろうか?
 だから。
(1発目では、きっと無理。2発目だっていい。だから――これを破ってみて、有明君!)
 その瞬間。
 カナの世界が急速に遅延を始めた。
 1秒を数百秒に引き伸ばしたような、奇妙な時間感覚。そう錯覚するほどの極限の集中状態の中、カナの右手が腰元に伸ばされる。
 ワンピースの腰部に開けられた、一見してはわからないスリット。その奥には、19世紀前半に作られた名銃『コルトSAA(シングル・アクション・アーミー)』――通称『平和の作り手(ピースメーカー)』が収まっている。
 この銃は回転弾倉式(リボルバー)拳銃であり・・・同時に、拳銃史上トップクラスの『早撃ち』――『早抜撃ち(ファスト)』に適していると言われている。
 ――そう。
 カナの切り札『不可視の銃弾』のからくりは、実は単なる『早撃ち』にすぎない。
 ただし、抜銃、発砲、納銃、その一連の動作を目にも留まらない速度で行っている。故に、被弾者はいつ撃たれたかもわからず、銃さえ見えず、マズルフラッシュと銃声、そして着弾をもってのみその攻撃を知るのだ。
 ――『本来ならば』。
 カナが、不可避と断じた『1発目』。その発砲のためにカナがピースメーカーの銃把を握ったその瞬間、

 有明錬の視線が、カナの抜銃を捕えた。

(――なッ!?)
 思わず、カナは靴裏で力強く大地を蹴り、後方へと跳んでいた。
 着地したカナの額を、一筋の汗が流れる。
(そんな・・・まさか、『見えていた』というの・・・?)
 驚愕の事実に、カナは荒く息をついた。
「有明君、あなた今・・・ッ!」
 ありえない。
 喰らってから技の正体を看破する、というならばまだわかる。というよりも、カナが求めていたのはまさしくそれだ。
 けれど、有明錬はその期待の上を行った。単純な動体視力のみで、カナの動きを完全に察知していた。
(偶然? わからない・・・なら、もう一度・・・!)
 ざりっ、とカナのつま先がわずかに地を這う。『無形の構え』に大げさな動作はいらない。この程度の微調整で、すでに射撃体勢は整っている。
 そして再びの『不可視の銃弾』。カナの右手が神速で動き、ピースメーカーのグリップを握りこむ。
 さらに、人差し指が引き金にかけられた。残りは、銃を引き抜いて撃つ。これだけだ。
 だがその最中、錬の両手が動き、同時に口も開かれようとしていた。
 そこに疑問を持ったカナが発砲を中止し、世界に速度が戻ったところで、
「ちょっ、待ったカナさん! 引かねぇでくれ!」
 両手を体の前で振りながら、錬が慌ててそう言った。
 その言葉が指すのは、たった一つ。
 おそらく、彼には見えていたのだ。スリットの隙間から、カナが引き金に指をかけた場面が。
 ――つまり、
「・・・その言葉。確証はなかったけど・・・やっぱり、見てたのね?」
「えっと・・・はい。見てました」
 カナの問いかけに、錬は簡素にそう答えた。
 同時、カナは納得する。
 やっぱり、と。
(これが、この子の能力。突出した性能を持った『眼』が、彼の真骨頂なのね。ヒステリアモード(わたしたち)すら上回る視力を以って、身体能力で一般人を遥かに上回る私たちに追従している、か)
 カナは錬の力に、そう結論を出した。
 それならば、今までキンジの相棒や、アリアのパートナーを務められていたことも理解できるし、身体能力でゴリ押してくるブラドに敗北したのもむしろ納得できる。
 ――いや、そんなことよりも。
(この子は今、超えた。『不可視の銃弾』を。超人たちの境界線を。何より――私の中の、『幻想』という壁を)
 それが、全て。カナが錬に求めた、希望。
 有明錬は、確かにそれを見せつけた。
 口元に笑みが浮かぶ。それが、止められない。この世には確かに『奇跡』は存在するのだと、カナは教えられていた。
 ――ならば決めよう。覚悟を。
 ――ならば選ぼう。『第3の可能性』を。
 カナは錬の許へと歩み寄り、彼に右手を伸ばした。
「有明君・・・お願いがあるの」
 声に、錬は返答を返す。
 カナは、続けた。
「あなたにまだ、『イ・ウー』と戦う覚悟があるのなら・・・この手を取って。ほんの少しでいい。私に協力してちょうだい」
 断られるかもしれない。そんな不安は、なぜか無かった。
 そして。
 その予感は、当たっていた。
「・・・俺に、『イ・ウー』を叩き潰したいなんて正義感はない。俺は、あんたほど『正義の味方』にはなれないし、そんな覚悟もない。でも・・・俺は、友達を助けたい。だから・・・その分だけなら、あんたに協力できるかもしれない」
 そう言って、錬はカナの手を握り返した。
 ――それでいいと、カナは思う。
(この子の原動力は、『正義』じゃない。友達(アリア)を助けたい。そんな、純粋な気持ちだけ。けれど・・・気づいてる? 有明君。アリアを助けるために戦うってことは、神崎かなえに罪を被せた全員と戦うってことに。まあ・・・気づいてて、言ってるんだろうけれど)
 志は、違う。カナは『正義』のために。錬は、友のために。
 けれど、向かう先は同じだ。
 カナが定めた、『第3の選択肢』。

『イ・ウー』との全面衝突――『全戦争(オールウォー)』。

 カナは、この『賭け』の結果を以って、その選択肢を選んだ。
「ありがとう」と礼を言ったカナは、『藍幇』とコンタクトを取るために携帯電話を取り出し、錬から離れる。
 その際、彼女はこう声をかけた。
「これから忙しくなるわよ、『神ノ眼(サードアイ)』・・・いえ――錬」
 今カナが決めた、錬に対する『二つ名(セカンド)』を添えて・・・彼の、名前を。
 それからカナは暗記している専用回線用の番号を携帯電話に打ち込み、耳にあてた。
 数回コールが鳴った後に聞こえたのは、若い男の声。
『――喂(もしもし)。お話は終わりましたか?』
「ええ、待たせてごめんなさいね、諸葛(しょかつ)。こっちに迎え寄越してくれるかしら?」
『それは構いませんが・・・なにか、善いことでもありましたか? 声が少し、弾んでいますよ』
「んー・・・そうねえ。武者震いってやつかな。私ね、諸葛――」
 潮風になびく髪を抑え、カナは黒く染まる海の向こうを見る。
 その先にいるのはカナの怨敵。叩き潰すべき巨悪。
『イ・ウー』の名を頭に浮かべながら・・・カナは、宣言した。
「――おっきなケンカ、ふっかけるわ」

 * * *

 誰かの些細な行動で、世界が動くことはある。
 ここでもまた一つ、きっと世界は動いた。
 向かう先に、何があるかはきっと誰にもわからない。
 ――けれど。

 時代の変わり目は、すぐそこに迫っていた。
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