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「偽物の名武偵」
第三章 黄月のプルマージュ

27.5.終着点へ向かう物語

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偽物の名武偵、27.5話です。



27.5.終着点へ向かう物語

 ――友達の兄が死んだ。
 そんなこと、そうそうあることじゃない。しかも、俺はまだ高校1年。その友達もまた1年生ということは、ほとんど必然的に兄も若かった。
 19歳。それが、友人である遠山キンジの兄、遠山金一さんの享年だった。
 2008年12月24日。その日、浦賀沖で大きな海難事故が起きた。
 豪華客船アンベリール号。
 クルージング中だったその船が、原因不明の爆発により沈没したんだ。
 乗員・乗客のうち、犠牲者はたった一人。まさに、奇跡だ。助かった連中からしてみたら、な。
 けどその奇跡は、神様が起こしたものなんかじゃない。犠牲となった一人――アンベリール号に乗り合わせていた武偵が、最後まで避難誘導を行ったからこそ起きたんだ。
 そしてその武偵こそが、遠山金一さんだった。
 彼は、当初行方不明とされていた。しかしたったの1日で捜索は打ち切られ、死亡扱いへと変わった。
 その背景には、やはり世論が関係していたんだろう。
 曰く――『乗り合わせていたにもかかわらず、未然に事故を防げなかった無能な武偵』。
 命を張って行動した金一さんは、訴訟を恐れたクルージング会社にスケープゴートにされたのだ。
 人は、自らに起きた不幸に原因を求めたがる。ただ運が悪かったでは納得できない。
 だから、一部の乗客にも同じ主張をする人間がでてきた。しかも、その時流に乗るかのようにマスコミまでこぞって金一さんを非難した。きっと、武偵という職業が世間にあまり評価されていないことも背景にあったはずだ。
 だからって、こんなにふざけた話があるかよ。武偵はなんでも屋だ。でも、なんでもできるわけじゃない。武偵は、アメコミに出てくる超人とは違う。
 ・・・結果的に、金一さんの葬儀は、行方不明としては異例の早さで執り行われることになる。そして俺は、その葬儀に参列してくれないかとキンジに頼まれた。
 そう言われて断るほど、浅い付き合いじゃない。コンビ組んでる相棒の頼みを、どうして断れる?
 それに俺自身、金一さんとはたった一度だけだが面識があった。キンジが持ってる古いゲームを貰いに、巣鴨にあるという実家までお邪魔した時、キンジの祖父母、そして金一さんが在宅だった。俺なんかじゃ逆立ちしたってなれないような美男子で驚いたんだが、キンジにこっそりと、金一さんは女装することでヒステリアモードになれることを教えて貰ったっけな。
 忙しいらしくそれほど会話もできなかったが、俺がキンジとコンビを組んでいることを伝えると、「弟をよろしく頼む」と頭をくしゃりと撫でられた。俺に兄弟はいないけど・・・なんとなく、兄ってのがどんなものかはわかった気がする。
 なんせ何ヶ月か前にほんの少しだけ会っただけだから、もう顔がはっきりと思い出せないが・・・それでも、キンジとは到底比べものにならないが、俺も金一さんの死に胸が痛んだ。
 だから――
「やるせなかった、な・・・」
 金一さんの葬式。それが終わって式場を出た俺は、正面玄関から少し離れた場所で、壁に背を預けて呟いた。
 脳裏に思い出すのは、遺体のない棺。金一さんが遺したのは、キンジが遺品として渡されたバタフライナイフ一本のみだ。
「遺体もない葬式、か。なんて声かけりゃいいんだよ・・・」
 言いようのない苦痛に、俺の顔が歪む。
 正直に言えば、出席したことを後悔していた。あんな顔したキンジなんて見たことなかったし、見たくもなかった。あいつの方が、よっぽど死人みたいな顔だったじゃねぇかよ・・・。
 ・・・情けねぇ。友達が苦しんでんのに、何も言えないのかよ、俺は。
 と、そんな風に悔恨している時だった。
「――君。ちょっといいかね?」
「はい?」
 急に声をかけられた俺がそちらに顔を向けると、喪服姿の壮年の男性が杖を片手に立っていた。フレームの細い眼鏡をかけ、どことなく理知的な雰囲気を醸している。
 俺は困惑しながらも、
「えっと・・・俺に、何か?」
「いや、なに。君は、ひょっとして遠山金次君の友人かい?」
「ええ、まあ・・・」
「やっぱり。東京武偵高の制服を着ていたから、そうだと思ったよ。・・・一つ聞きたいんだが、金次君がどこにいるかわかるかい? もしよかったら、呼んできてもらいたいんだ。この通り、足が悪いものでね」
「構いませんけど・・・あの、あなたは?」
「ん? ああ、すまない。私は・・・こういうものだよ」
 そういって男性が懐から取り出した手帳には、どこかで見覚えのあるバッジがついていた。
 というか、これまさか・・・ぶ、武装検事の徽章(きしょう)、か!?
 俺は、とんでもない大物の登場に唖然となる。
 武装検事とは、平たく言えば俺たち武偵の上級職だ。普通の検事がさまざまな試験を突破した末になれる、不合格率99パーセントオーバーの超難関職業としても知られている。
 だが問題は、そこじゃない。
 武装検事には、発行されてるんだ。いわゆる、『殺しのライセンス』が。
 日本で殺人を容認されている人間なんて、当然ながらほとんどいない。その数少ない内の一つが、武装検事だ。
 なんで、そんな人がここに・・・?
 と、一瞬疑問に思ったが、すぐに思い至ることがあり、俺は口を開いた。
「あなたは、ひょっとして、キンジの・・・」
「ああ、察しがいいね。君の考えている通りだよ」
 しわが刻まれた顔で、武装検事は笑った。
 やっぱり、そうなのか・・・。
 俺は、自分の予想が当たっていたことに顔を青くする。
 この人は多分、クルージング会社が雇った検事だろう。どこかのニュースで言っていた。アンベリール号のクルージング会社が、遺族に対して責任を求める考えを持っている、と。
 つまりこの人は・・・キンジの裁判を担当する検事、ということなんだろう。
 これは、キンジにとって最悪の展開だ。
 なんせ、武装検事といえばその特異性――つまりは殺人込みの戦闘力に目が行きがちだが、もっと基本的なことがある。それは、武装検事が単なる検事としても破格の能力を持っている、ということだ。
 こんな格言がある。
『武装検事が矛ならば、それを防げる盾は武装弁護士しかいない』。
 つまり、無理なんだ。武装検事に裁判を担当されてしまったら、同じく弁護士の上級職である武装弁護士に弁護を依頼しなければ、裁判の体すらなさずに有罪を決定されてしまう。
 キンジに、武装弁護士を雇うことはできないだろう。あれは、相当な金を積まないと雇えない。武装弁護士はよくぼろ儲けできるというが、それは逆に言えばその分依頼料が高いからだ。
 ――だとしたら。
 この裁判を水際で食い止めるには・・・チャンスは、今しかない。この武装検事に、なんとか裁判を辞退してもらう以外、道はない。
 俺は、あいつが訴えられるなんて嫌だ。在りもしない金一さんの罪なんかで、あいつが『世論』なんてもんに潰されるのは見たくない。
 だから俺は、拙いながらも、言いたいことを伝える。
 汗で湿る手を握りしめ、
「あの・・・キンジは、呼んできます。必ず。だから――聞いてやって欲しいんです。あいつの話を」
「ふむ・・・どういうことかね?」
 武装検事が、ごつごつとした手で顎を撫でる。
 俺は言葉を間違えないように慎重になりながらも、続ける。
「今あいつは・・・うまく言えないけど、すごく苦しんでると思うんです。兄を亡くして、心が折れたんだと思います。だから・・・あいつの姿をちゃんと見て、あいつの言葉を聞いてやってください。そして、出来れば・・・考えてやってください。どうすることが、あいつにとって一番いいのかを」
 そう言って、俺は頭を深く下げた。
 直接的に、無罪にしてくださいとか、裁判を取りやめてくださいとは、言えない。言い逃れしようとしてるみたいで、それはあまりに印象が悪い。そもそも、部外者である俺がどうこう言ったところで、覆せるわけがない。
 だから、ここがギリギリのラインだ。ここから先はもう、キンジ自身に任せるしかない。俺にできるフォローはここまでだ。
 俺は、無言で頭を下げ続ける。
 そこで、武装検事の声がかかった。
「頭を上げたまえ。まずは、金次君を連れてきてもらいたい。全ては、それからだ」
「ッ! じゃあ、話は・・・」
「もちろん聞くとも。そもそも、私が今日ここに来たのは、彼に話をするためであり・・・彼から、話を聞くためなのだからね」
 そう締めくくった武装検事は、見る者を安心させるような笑みを形作った。
 ・・・はぁあああああ。よかった。この人、普通にいい人じゃねぇか。俺が説得するまでもなく、ちゃんとキンジと話し合うつもりだったのかよ。
 まあ、これでお膳立ては済んだぜキンジ。あとは、お前ががんばれ。金一さんがどんんだけ凄いことをやったか、そしてお前がどう思ってるのか。その思いのたけをぶつけてやれ。
 俺はもう一度頭を下げてから、
「じゃあ、その、すぐに連れてきますんで! あの・・・ホント、よろしくお願いします!」
 くるりと踵を返し、ダッシュでキンジを探しに行く。
 まずは、式場内に入り、俺が式場を出る前にキンジを見た場所まで行く。が、そこにキンジはいなかった。移動したんだろう。
 チクショウ、どこいんだよあいつは! せっかく話が通じそうな人だっつっても、話せなきゃ意味ねぇぞ。まさか、帰ったりしてねぇよな?
 クソ、このまま適当に探し回っても、埒があかねぇ!
 俺は、適当にその辺にいた人を捕まえ、
「あの、すみません! 遠山金一の弟の、遠山キンジがどこにいるか知りませんか?!」
「さ、さあ。私も、式の後は見てないねえ・・・」
「そう、ですか・・・ありがとうございました」
 俺の剣幕に圧されたのか、若干体を引き気味に答えられる。
 俺は礼を言ってから、今度は違う人に訊く。それがダメなら次の人、それでもダメなら次の人・・・。
 そうして走り回りながら訊ね続け、そしてようやく当たりを引いた。
「キンジ君かい? 確か、彼ならマスコミが集まってる方に行ってたよ。一応、大きなニュースにまでなってる事件だし、遺族の話としてインタビューされてるんだと思うよ」
「インタビュー・・・? それ、どこでやってるんですか?」
「ほら、式場の裏手に広場みたいになってるところがあるだろ? あそこだよ。多分、マスコミの数が多いから、スペースのあるあそこでやってるんじゃないかな」
 外かよ、クソッ。そりゃ、ぐるぐる中見て回っても見つからねぇはずだ。
 俺は、教えてくれた人に頭を下げ、再び正面玄関から外に出る。それから大きく迂回し、式場の裏手へと走った。
 そこにあったのは、芝生が敷かれた広場だ。普段は綺麗に整備されていたであろう芝は、大勢の足跡に踏み荒らされている。
 その犯人は・・・俺の視線の先で集団になっている報道陣(プレス)の面々だろう。
「あれか・・・」
 12月だってのに、走り回っていたせいでうっすらと額に滲んだ汗をぬぐい、俺は小走りで近づく。
 それに伴って、最初はざわざわと判然としなかったマスコミの声がはっきりとしてくる。
 1歩、2歩、3歩と俺は近づいて――そして、『それ』を聞いた。

「お兄さんのせいで、大勢の人が危険に晒されたわけでしょ?」

 ――きっと。
 その発言をした記者だって、本当の意味で悪気があったわけではないと思う。ただ、目に見えない流れみたいなものがあって、それがたまたまこういう形を取っただけにすぎないんだろう。
 けれど。
 それでも、俺にはその言葉がひどく悪辣に聞こえた。たとえばこれがテレビの中での話だったなら、まだ不快に思う程度で済んだだろう。
 だけど・・・それをよりによって『あいつ』に言うってのか?
「・・・・・・」
 俺は無言で記者の群れに向かい、口々に金一さんを――そして、『あいつ』を責める言葉を並べ立てている連中を、無理やり押しのけながら前進していった。
 当然、文句は飛んでくる。しかしそれらすべてを無視して、俺は記者の波をかき分け・・・そして、ついに先頭まで躍り出た。
 そこに、『あいつ』はいた。
「錬・・・」
 武偵高の学生服を着て、手には金一さんの遺影を捧げ持ったキンジが、弱弱しい声で俺の名前を呼ぶ。
 俺はキンジの表情を見て・・・そして、顔を歪めた。
 おい、お前・・・なんて顔してんだよ。お前、昔言ってたじゃねぇか。金一さんは、悪を挫く正義のヒーローなんだろ。最後の最後までその生き様を貫き通した、そんなかっこいい人なんだろ。
 だったら・・・なんでその弟が、そんな今にも泣きだしそうな顔してんだよ・・・ッ!
「――キンジ、ちょっと来い」
「え・・・?」
 ぼんやりと、心が宙に浮かんでいるようなキンジの声。目線もどこかはっきりしていない。
 ・・・駄目だ。こいつをこのままここに置いてたら、駄目だ。今、それがはっきりわかった。
 多少強引だが・・・無理にでも連れて行く。あの武装検事が待ってるし、なによりここはキンジがいていい場所じゃない。
 俺はキンジの近くまでいって、右腕を掴む。続いて、牽引するように力を込めて引っ張る。・・・この年になって男友達の腕をひいてやることになるなんて思わなかったな。
 キンジの脚が、俺に引っ張られることで一歩を踏み出し――しかしそこで、背後から厳しい声が飛んできた。
「ちょっとちょっと困るなあ、君ィ。今私たちが遠山キンジ君と話してるのがわからないかな? 大人の仕事を邪魔するものじゃない」
「・・・あら? あなた、それ東京武偵高の制服よね? ということはキンジ君の同級生かしら?」
「だったら、ちょうどいい! 君にも、話聞かせてもらっていいかな? どうだい? 君が志す武偵であり、友達のお兄さんである遠山金一武偵が、あんな大問題を起こした心境は?」
 ・・・なんだ、こいつら。喧嘩売ってんのか?
 思わず拳銃に手を伸ばしかけるが、それは自制する。そんなことしたって、迷惑がかかるのは武偵と言う存在そのものと、なによりキンジたち遺族の方だ。感情的になるな。
「・・・すいません。ちょっと、キンジに急用があるんです。みなさんにはご迷惑をお掛けしますが、失礼させていただきます」
 声を荒げないように、なるべく静かに告げる。
 しかし、それでも喧騒は止まない。
「急用っていってもねえ、この状況でそんなこと言ったって、この場から逃げるための言い訳にしか聞こえないよ? それに、なにより国民のみなさんが、『声』を求めているんだよ。そこの遠山キンジ君が今回の件についてどう考えているか・・・ひいては、武偵という存在の無価値さを知らしめた遠山金一武偵に代わって、世間に『謝罪』するその姿を、全国に知らせてあげなきゃいけないんだよ」
 誰かが言ったその台詞に、周りが便乗する。やれ「その通りだ」だの、「君は報道の自由を侵害している」だの、ふざけたことばかりぬかしてやがる。
 ・・・ああ、クソ。このまま聞いてたら、本当に発砲しちまいそうだ。
 俺は、その場で一度振り返り、
「――通してください」
 今度は、静かながらも抑えきれない怒気を乗せながら、報道陣に言った。
 ついでに、少しだけ睨みも効かせておく。あんたら大人なんだろ、ちょっとは空気読んでくれよ、という意味も込めつつ。
 すると――
『・・・・・・』
 なんかしらんが、全員ピタリと水を打ったように静まり返った。
 中には若干青ざめているような人もいるが、一体なんだってんだ。俺、そんなに変なこと言ったか?
 まあいいか。おかげで静かになった。
「行くぞ」
「ぇ、あ・・・お、おいっ」
 これ幸いと俺はキンジを引っ張り進み始める。慌てたようにキンジが声をかけてきたが、無視だ無視。今はこの報道陣の檻から抜け出す方が先だ。
 そうして俺が報道陣の先頭に差し掛かると、彼らは門が開くように左右に広がっていった。なんだよおい、急に態度がころっと変わったな。モーゼの十戒かよ。
 俺たちは、固まった報道陣を尻目に、ずんずんと先へ進む。
 その間もキンジは何事かを言っていたが、とりあえず報道陣が見えなくなるまでは進みたい。また絡まれたら面倒だしな。
 というわけで、式場の角を曲がり、広場から見えない位置まで来たところで、キンジが小さな声で言った。
「・・・悪かった」
「なにが?」
「お前に、損な役回りさせちまった。いろいろと、記者連中に書かれるかもしれない」
 ああ・・・そうだな。そういや、そういうこともありえるのか。
 まあ、でも、
「別にいいよ、そんくらい。昔剛気の覗きに付き合わされた挙句にバレて、情報科(インフォルマ)の学校新聞に載せられたことに比べりゃ、大したことねぇよ」
 俺は歩きながら適当に答える。
 これは、割と強がりでもなんでもない。だって、報道されたところで普通の人は撃ったりしねぇからな。武偵高(ウチ)じゃ、覗きの事実が広まったりすれば、女子から多種多様な襲撃がある。それに比べりゃ、万倍マシだ。
 それより・・・、
「お前のほうこそ、平気なのかよ。さっきのお前の顔を鏡で見せてやりてぇよ。死にそうな面してたぞ」
「俺、か。俺は・・・正直、もうダメかもしれねえ」
「あ・・・?」
 自嘲するような響きを持ったキンジの言葉に、俺は思わず手を離し、足を止めて振り返った。
 同じくその場に立ち止ったキンジは、目を伏せがちにしながら、ぼつぽつと零す。
「ニュースとかで、世間が兄さんに好意的な目を向けてないのは、知ってた。けど・・・やっぱ、無理だ。実際にああやって面と向かって言われると、どうしようもなくなる。悪いのは兄さんじゃないのに、それを誰より知ってるのは俺のはずなのに、何も言い返せなかった。あのままお前が来ないままだったとして、じゃあ俺がキレて何かを言い返せたなんて、俺には思えない。きっと・・・『呑まれっぱなし』になっちまってただろうな。・・・ちくしょう、兄さんは何一つ悪くないのに・・・!」
「お前・・・」 
 つらそうに、悲しそうに、苦しそうに、悔しそうに。
 そう独白するキンジに対して、俺はどう言えばいいのかわからなかった。
 けれど、これだけはわかる。やっぱりこいつは、今回の件に関して、一切納得していない。
 だったらやるべきことは、俺にそれをぶちまけることじゃない。『それ』をするべき相手は他にいる。
 だから、俺は早くキンジと武装検事を引き合わせようと考え・・・一歩踏み込んだ足元に違和感を覚えた。視線を下げてわかったことだが、どうやら走り回っている間に靴ひもが解けていたらしい。
 なんだよ、クソ。急いでんのに。
 しかたない・・・キンジだけでも、先に行かせよう。というか、そもそも本当は、俺はいらないしな。
「・・・キンジ、お前正面玄関の方に行け。俺も後から行くから」
「・・・? なんだってそんなとこに・・・」
 急にそんなことを言い出した俺に、キンジは怪訝な顔をする。
 しかし、俺は後押しするように言う。
「いいから。行けばわかるから、なるべく急げよ!」
 キンジは釈然としない様子だったが、それでも一応俺の言葉に従って駆け足で去って行った。
 さて・・・とりあえず、俺にできるのはここまでだな。あとは、あいつ次第だ。
 まあ、少しくらいは援護できるかもしれないので、俺も追いつこうと靴ひもを結びなおそうとしたところで、ちらりと後ろを振り返ってみる。
 ・・・よし、マスコミ連中は来てないな。足止めの必要もなさそうだ。
 追従がないことを確認した俺は、改めて前を向き、靴ひもを直すために屈もうとして、
「――こんにちは」
 背後から、流麗に響く声がかかった。
 導かれるように、俺は再度その場で振り返る。
 直後、俺はおそらく、人様に見せられないほど呆けた顔をしていたはずだ。
 なぜなら。
 そこには、俺の人生で・・・一番美人だと思えた女性が佇んでいたからだ――

 * * *

 遠山金一。
 若干19歳にして武偵庁特命武偵の任を負う凄腕の武偵であり、遠山キンジの兄であるこの青年は今、己の葬式が行われている式場へと来ていた。
 いや、正しくは『この女性は』、だろうか。
 カナ、と呼ばれる金一が女装した長髪の美人。超人的な能力を引き出すヒステリアモードを発現するこの姿で式場に来ているのには、訳がある。
 金一は既に死んだことになっている人間。そんな人間が、堂々と表に出てこられるわけがない。さりとて隠れながらだとしても、通常時の自分ならば参列している一流の同僚たちに察知される恐れがある。それゆえの、ヒステリアモードを活用した隠遁だ。
 そもそも、金一・・・いや、カナがなぜここにいるのかと言えば、それは『見納め』のためだ。
 これよりカナは、『とある作戦』に移る。そうなってしまえば、目的を果たすその日まで、もう容易に既知の面々に会うことはできないだろう。その前に、大勢の友人や知り合い――そしてなにより家族が集まるこの日に、カナは彼らを一目見ようとこの場に参じたのだ。
 だが――結果として、それはカナを苦しめるだけだった。
 彼らに会えなくなるのは、まだいい。それは覚悟していたことだ。仕方ないと割り切ることはできる。
 しかし、家族に・・・とりわけ最愛の弟に、金一に向くべき悪意を一身に背負わせてしまったことは、大きな棘としてカナを傷つけた。
 批判はあるだろう、とは思っていた。武偵は、まだお世辞にも世間に認められているとは言い難い。だから、事故を未然に防げなかったことで、なにかしらの悪評が立つことは予想できていた。
 それでも。
 まるで獲物に群がる獣のようにキンジに言葉を浴びせかける記者たちの姿を、物陰に隠れながら目にしたとき、カナは己の甘さを悔やんだ。ともすれば、今すぐに弟の許へ駆け出してしまいかねないほどに。
 あるいは金一のままの姿だったならば、カナと同じく心を痛めながらもきっと毅然としていたはずだ。
 しかし、そもそも亡くなった母親のかわりにキンジをなぐさめようとして編み出されたのが、カナだ。まるで野鳥に啄まれるかのように、言葉と言う刃で傷つけられているキンジを見て、当然、金一よりも深い悲しみに襲われていた。
 そんな時だった。
「――キンジ、ちょっと来い」
 記者たちの波をかき分け、一人の少年がキンジの許へとやってきた。
 中肉中背の体躯に、適当なところで切りそろえられた黒髪。そして、東京武偵高の制服。
 そこまで認めたところで、カナは少年の正体が、かつて一度実家で出会った有明錬というキンジの相棒だということに気付いた。
(あの子・・・参列、してくれてたんだ)
 きっと、キンジが呼んだのだろう。それにしたところで、他人の葬式だ。わざわざ来てくれていたとは。
 それよりも、だ。
 問題はなぜここにいるのか、だが・・・それは、少し考えればわかることだった。
「キンジのことを・・・助けに?」
 誰にも決して聞こえないような小さな声で、カナは呟く。
 おそらく、錬は記者に質問攻め(もはや尋問のそれだが)に晒されているキンジをこの場から救い出そうとしているのだろう。
 しかしそれは当然のごとく『報道の自由』とやらに阻まれる。「急用がある」と錬が話を逸らすも、それすら歯牙にもかけない。
 このまま、結局錬もまたキンジ同様に彼らの標的にされるのか、とカナが眉をひそめた――その、刹那。

「――通してください」

 声は、大きくはなかった。
 威圧感が籠ってはいたが、殺気というレベルではない。
 しかし、それでも、彼らは一様に口を閉ざした。
 その原因は・・・錬の、目だ。少し長めに伸びた前髪の間から除く双眸が、その瞳を見た全員を、射すくめていた。
 静まり返った集団の中を、有明錬がキンジの手を引きながら去っていく。
 その姿を、カナは少し驚きに目を見開きながら見送っていた。
(あの子、あんな目ができたんだ・・・)
 巣鴨の実家で初めて錬に会ったとき、カナが見た有明錬はおおよそ普通の少年に見えた。少なくとも、キンジや祖父母たちと話している様子は剣呑さとはかけ離れていたし、カナ自身彼と話した時には温和なものを感じていた。
 しかし、先ほどの少年の目は確かにギラリとした輝きを放っていた。ナイフのような、と形容される瞳があるが、彼の場合はもっと攻撃色が強い。さしづめ、銃弾のような瞳、と言ったところだろうか。
 と、そこまで考えてから、カナはハッと我に返った。
 ここで呆けていても仕方ない。無論、姿を現すわけにはいかないが、せめてもう少しだけ弟の姿を目に焼き付けておきたい。
 カナは、やはり人目につかないように移動しながら、キンジと錬に追いついた。その視線の先、歩きながら話していた様子の二人が、ふと立ち止まった。
 そこでようやく、カナは二人の会話がはっきりと聞こえる距離まで近づいた。ちょうど、キンジたちのほぼ真後ろの物陰に隠れる。
 と、それと同時だった。キンジが、ぽつりと呟き始めたのは。
「ニュースとかで、世間が兄さんに好意的な目を向けてないのは、知ってた。けど・・・やっぱ、無理だ。実際にああやって面と向かって言われると、どうしようもなくなる。悪いのは兄さんじゃないのに、それを誰より知ってるのは俺のはずなのに、何も言い返せなかった。あのままお前が来ないままだったとして、じゃあ俺がキレて何かを言い返せたなんて、俺には思えない。きっと・・・『呑まれっぱなし』になっちまってただろうな。・・・ちくしょう、兄さんは何一つ悪くないのに・・・!」
 さざなみのように、深く静かにその声はカナの耳に届いた。
 いまとなっては、もう真正面から聞くこともできないけれど、それでもカナはキンジの本心を知った。やはりあの最愛の弟は、カナのことを信じていてくれた。自分の兄は決してなにも間違ってはいないと、そう思ってくれていた。
 そして、信じているからこそ、キンジは傷ついていた。信じていなければ傷つくこともなかっただろうに、何も疑っていないからこそ傷を負っている。
 だから、カナは・・・遠山金一は、胸を押さえつけたくなるほど苦しむのだ。
(ごめんなさい・・・ごめんなさい、キンジ・・・!)
 カナは、隠形(おんぎょう)が乱れて気配が漏れ出るほどに、心を揺らした。
 全てを話すことはできない。キンジは冷静に見えて、その実心根には遠山家の『義』の信念が宿っている。兄である金一が挑むことを知れば、キンジもまた『イ・ウー』に挑むだろう。いくらキンジがおそらくは歴代最強の才能を秘めているとはいえ、今の未熟なキンジでは死ぬ未来しか存在しえない。ならば、キンジを巻き込むことは絶対に許されない。
 巻き込めない(はなせない)。しかし、助けたい(はなしたい)。
 究極の二律背反(ジレンマ)を抱えるカナは、しかしやはり、キンジの前に躍り出ることはなかった。
 ――と、その時だった。
 唐突に、錬がキンジをこの場から移動するように促した。困惑気になりながらも去っていくキンジに、カナも形のいい眉をわずかに顰めたところで、

 ちらり、と有明錬の目がカナがいる方向へと向けられた。

 一瞬、カナの体が硬直する。まさか、ヒステリアモードでの隠遁が見破られた・・・?
 いや、違う。先ほど、キンジの言葉による動揺で、カナは自らの気配を抑え忘れていた。それにしたところでわずかなものだとは思うが、おそらくはそれを察知されたのだろう。
 やけに勘のいい少年に戦慄する中、ふいに錬は視線を正面に戻した。
 ・・・見逃す、ということだろうか? こちらに敵意がないことを見抜いたのか、放置することに決めたらしい。
(・・・・・・)
 ――例えば。
 ここでカナもまた、錬同様にいまのできごとを『なかったこと』にしたならば、未来はもっと違った形を描いたかもしれない。
 けれど。
 気づけば、カナは一歩を踏み込んでいた。
「――こんにちは」
 天上の調べを思わせる高い声(ソプラノ)で、錬の背後に姿を晒したカナは話しかけた。
 声に振り返った錬の顔が、驚きに彩られている。おそらくは、見逃した相手がわざわざ自分から出てきたからだろう。
 カナ自身、どうしてそんなことをしたのかはわからない。表に出ることは、自らに禁じたはずだ。いくら『この姿』で錬と直接会ったことがないとはいえ、それでも『遠山金一の生存』にたどり着かれる可能性はある。ならば、こんな危険なことはするべきではないはずだ。
 それでも、事実としてカナと錬は今、相対していた。
 そして。
 どうしてこんなことをしたのかはわからないままで、カナは言うべき言葉を口に乗せる。
「有明錬君。あの子を助けてくれたお礼を、いつか必ずするわ。その時がいつになるかわからないけれど・・・もしかしたら、してあげられないかもしれないけれど・・・勝手に、約束する。いつの日か、私はこの感謝を形にして、あなたに返すわ。・・・ごめんね、急にこんなこと言って。でも、きっと、これが私の言うべきことで、せめてものお礼だと思うから。だから、勝手に宣言しておくわね」
「えっと、その・・・そもそも、あなたは・・・? てか、なんで俺の名前・・・」
 何が何だかわかっていない感じの錬に、カナはクスリと笑う。
 それから、一本立てた人差し指を口元に持っていき、
「それは、秘密。もしかしたらいつか言う時が来るかもしれないけど、今は教えられないわ。そしてあなたは、誰にも私と会ったことを言ってはダメよ。それが、『お礼』をするための約束。どう? 約束、守れる?」
「あー・・・『お礼』ってわりに条件付きとか、割と身勝手ですね」
「あら、女は身勝手なものよ?」
「そんな人には見えねぇし、まあ正直意味わかんねぇけど・・・俺の同級生に、あなたみたいにおっとりしたやつがいるんです。で、一回そいつとの約束破ったらひどい目に遭ったんで・・・とりあえず、その約束は守っときますよ」
 おそらく、本当に意味がわからないのだろう。がりがりと頭をかきながら、錬はそう言った。
 カナはそれを見て、満足そうに頷く。
 ――その瞬間。
 12月の冷たい木枯らしが吹き荒れた。次いで、目に砂でも入ったのか、錬が腕で両目を覆った。
 その隙に、カナは身を翻し、ヒステリアモードの身体能力任せに、一瞬でその場から姿を消す。おそらく、錬が次に目を開いた時には、すでにカナの姿は幻のように消え去っているだろう。
 世を忍ぶかのように人目のない道を駆け抜けつつ、カナはそれきり葬式場を後にした。
 もちろん、未だキンジのことは心配ではあったが・・・とりあえず、踏ん切りはついた。いまさらまた戻ってキンジに見つかればそれこそ意味がないし、あの少年で気づけたならば、他にもカナの気配を読み取った人間がいるかもしれない。これ以上あの場にいるのは、得策ではないだろう。
 それに・・・、
(後のことは、あの子に任せよう。あんな不審者丸出しの私には最後まで敵意一つ向けなかったくせに、明確な悪意があった人たちには、キンジのために銃を抜きそうなほど怒ることができる。そういう子がキンジのそばにいてくれるなら・・・私の代わりにキンジを守ってくれる子がいるのなら、私も頑張れる)
 心配事がなくなったとは言わない。しかしそれでも、『後』を託せる者がいた。その事実は少しだけ、カナの心を軽くしていた。
 きっと、それがカナが錬の前に出た理由なのだろう。最初に巣鴨の実家で会った時、そして記者の檻の中からキンジを連れ出してくれた時。おそらくはその時に、半ば確信していたのだろう。友達を作るのがあまり得意ではないキンジにとって、有明錬は隣にいてくれる存在なのだと。
 だから、カナは錬にお礼を言ったのだ。先ほどの件と・・・それからこっそりと心の中で、『これから』も支えとなってくれるであろうことについて。それが、せめてもの誠意だと考えたがゆえに。
 と、自らの行動原理にそう結論をつけたところで、カナはもう一つだけ『理由』を思いつく。
 もしかしたら、
(私の存在を誰かに刻んでおきたかったから・・・なんてね)
 苦笑するように口元を歪ませながら、カナは思う。
 これよりカナは、表の世界から消える。死にながらにして裏の世界で暗躍する『亡霊』となる。結果如何によっては、文字通りの意味で。なにせ相手は、超一流の武偵であるカナをして命を賭すべき強敵なのだから。
 だからその前に、自分に『気づいて』くれた人がいるならば・・・自分という存在を誰かに覚えていてもらいたいと思うのは、そんなに不自然なことだろうか?
 もちろん、こんな想像は今となっては意味はないけれど。
 それでも、錬がカナのことを覚えていてくれるなら、それはきっと嬉しいことだとカナは思った。

 * * *

「やあ。久しぶり、になるのかな。遠山金次君」
 錬に促され、正面玄関まで駆け足でたどりついたキンジを出迎えたのは、喪服姿の壮年の男性だった。
 走ったせいですこし荒くなった呼気が白く染まるのを視界の端に収めながら、キンジは瞳を困惑に揺らした。
 開口一番「久しぶり」などと声をかけられたものの、正直に言えば見覚えが全くない。ここにいるということは兄の関係者である公算が最も高かったが、しかし少なくともキンジの記憶の中にはいない。
 どう返事を返したものか、キンジは悩む。参列してもらったのに礼を失した返答は躊躇われた。
 しかしそんなキンジの様子からおおまかな心情を読み取ったのか、壮年の男性が口元のしわを歪めながら、
「ああ、いや、いいんだ。君が覚えていないのも無理はない。なにせ、私が君に会ったとき、君はとても小さかったからね」
「・・・?」
「私は武装検事だ・・・と言えば、わかるかね?」
「っ! ひょっとして、父さんの?」
 壮年の男性の言葉に思いあたる節があったキンジは、その考えを口に出す。
 遠山金叉(とおやまこんざ)。
 金一、キンジの父親の名であり・・・同時に、武検庁に所属していた武装検事の名だ。
 そして目の前の男もまた、武装検事を名乗っている。加えてこの葬式に来ているということは、父との繋がりがある人物なのだろう。
 果たしてその推測は正しかったようで、
「ああ。私は、金叉君の・・・君のお父さんの同僚であり、友で『あった』男だよ。君や金一君とは、君たちがまだ小さかった頃に一度会っている」
「そう、ですか・・・」
 過去形で語られたその言葉に、キンジの気持ちが沈む。
 金叉は、すでにこの世にはいない。彼もまた、兄である金一同様に殉職している。武偵検事はその能力の高さゆえに、自衛隊さえ困難を極めるミッションに駆り出されることがしばしばある。武偵検事の殉職率が20%を優に超えているのにはそういう理由があり、金叉もまたその内に入っていた。
 すでに心の整理はついているとはいえ、この日ばかりは随分と堪えた。また一人家族を失ってしまったことを、殊更に理解してしまうからだ。
 思わず表情を陰らせたキンジに、壮年の男性は話を変えるように口を開いた。
「いやしかし、最近の若い武偵は察しがいいね。君もそうだが、君を連れてきてくれるように頼んだ少年も、すぐに勘づいていたよ」
「え・・・ああ、錬か」
 一瞬誰のことを言われているのかわからなかったが、すぐに思い至る。なるほど、錬は自分をこの武装検事に会わせようとしていたのか。
 しかし、錬に父親が武装検事であることを話したことがあっただろうかと思い返し・・・、
(そういや、じいちゃんの家にゲーム取り行ったとき、俺言ってたな。無駄に記憶力がいいというか・・・よく覚えてたな、あいつ)
 相棒の謎スペックに、キンジが少しだけ笑う。
 それを見て口元のしわを深める壮年の男性は、『本題』を語る前に、頼みごとをした少年のお願いを実行し始めた。
「実を言うと、その少年にお願いをされていてね。君の話を聞いてあげてほしい、とね。まあ、頼まれずとも私も聞きたかったのだが」
「俺の、話・・・?」
「そうだ。といっても、何を話せばいいのかわからないだろうから・・・そうだね。君が今回の事件を通して思ったこと。それを、私に教えてくれないか?」
「・・・・・・」
 キンジは、壮年の男性の言葉にしばし口を閉ざした。
 はっきり言えば、どうしてこの男にそんなことを話さなければならないのかという思いはあった。父の友人であり、完全な人格者でなければなれないとまで言われる武装検事である以上、単なる興味本位というわけではないだろう。しかし、だからといって自らの胸の内にある傷を切開してまで心情を吐露する必要がどこにある? そういうのは、さきほどの質問攻めですでに懲りている。
 ・・・懲りては、いるのだが。
(まあ・・・『あいつ』が手を回したってのなら、しかたないか。さっきの借りもあるし、な)
 キンジは脳裏にとある友人の姿を思い浮かべ、苦笑する。
 それから、ここ最近ですっかり重くなった口を開く。
 ――そういうつもりが、あったわけではない。
 けれど、最初の一音を口に出した瞬間から、きっと遠山キンジはここで全部吐き出すことを決めていた。
「・・・俺にとって兄さんは、最高の武偵だったんです。そりゃ、場合によっては依頼料をもらわないことで武偵庁に迷惑かけてたりしたかもしれませんけど、でも、やっぱり俺にとっては兄さんは最高の武偵でした。正義の味方だった、と言ってもいいと思います。それは、遠山家がずっと昔から務めてきた役目で、兄さん自身もそのことは心にあっただろうけど、でも多分、それだけじゃなかったんだと思います。たとえ兄さんが遠山家に生まれた人間じゃなくっても、例えば犯罪者の一族に生まれていたとしても、きっと兄さんは今と同じような生き方をした気がするんです。家系とか、環境とか、そういうのが兄さんを形作ったわけじゃない。きっと、もっと根本的なところで、遠山金一は正義の味方になれてたんです。だから俺はそんな兄さんの姿を見て、兄さんに憧れたし、そんな風になりたいと思ってました。結局、全然兄さんみたいにはなれなかったけど、でも、兄さんは確かに俺の目標でした。
 それに、兄さんは俺の中じゃ、最強の武偵でした。俺が本当に最強だと思うのは、父さんやじいちゃんだけど、武偵ってことなら、俺は兄さんより強い武偵を知りません。ガキの頃から兄さんには何度も相手してもらってるけど、俺、一回も勝つどころか攻撃を当てたことも無いんです。今だって、俺の記憶の中には兄さんが戦う姿は残ってるけど、100年かけてもそのイメージに勝てないと思います。兄さんはそれくらい強かったし、それこそ誰かに負けるような人じゃない。それくらい強くて・・・そして、それ以上に完璧だったのが、俺が知る武偵『遠山金一』でした。兄さんが相手した犯罪者は全員逮捕されたし、兄さんが手掛けた事件は全部、解決事件(コンプリート)になってます。経歴は、まさしく完璧でした。・・・プライベートじゃ、結構弱点もあったんですけどね。じいちゃんの拳骨とか。
 ・・・だから、正直今でも信じられないんです。兄さんが自分一人逃げ遅れて、死んだなんてのは。もちろん、それしか手がなくて、どうしようもなかったっていうんなら、多分兄さんはその手段を取ると思います。でも、それでも俺は、兄さんなら本当は自分も含めて『全員を』助けられたんじゃないかって、そう思うんです。・・・願望、かもしれないですけど。
 だけど、同時にこうも思うんです。兄さんが本当に自分一人だけ犠牲にして乗員・乗客全員を救ったっていうんなら、それが多分、最上の結果だったんじゃないかって。兄さんにできる最上じゃなくて、武偵にできる最上だったんじゃないかって。実際、俺にはどうしてもこの結果が非難されるようなものとは思えないんです。そりゃ、確かに被害は出ました。俺はバカだから、豪華客船一隻の値段とか、今回の事件で出た被害総額とか、そういうのは、正直わかってないし、想像もつきません。なんとなく、とんでもないものだとは感じてても、それが乗員・乗客や、兄さんの命以上に重いなんて、全然思えないんです。人の命は平等だとか、命は金に代えられないとか、そういうことが言いたいんじゃなくて、単純に、大勢の命が助かったなら、それが一番のはずなのに。なのに・・・それじゃ、ダメらしんですよ。それじゃダメだって、みんなが言うんです。兄さん以外、誰も死ななかったっていうのに、それ以上の『完璧』を、世間ってやつは欲しかったらしいです。
 だから・・・だから・・・ああ、クソ。なんで、それじゃダメなんだ。みんな、生きてたじゃねえかよ。それ以上なんてあるのかよ。じゃあ、お前らなら兄さん以上のことができたってのか。誰も死なないで、自分自身も生き残って、爆発は起きなかったし、事故の原因も未然に防いで、みんな無事で航海を終える? そんなの、誰にできるってんだ。神様でもないと無理じゃねえか。なんで、あの船に神様が乗ってなかったんだ・・・ああ、いや、違う。そういうことじゃない。そうじゃねえ。神様の次にすごいことやった兄さんが、どうして悪者みたいに言われなきゃならないんだ。どうして武偵(おれたち)はいつも、救えたものより救えなかったものしか見てもらえないんだよ。誰かじゃなくて、なにもかもを救わなきゃ認められないっていうんなら・・・武偵って一体、なんなんだよ・・・ッ!」
 そこまで言って、キンジは血が滲むほどに拳を握りこんだ。
 それは、まぎれもない少年の本心だった。途中から誰に向けた話かもわからなくなるほど、気づけばキンジは全てを吐き出していた。
 それは、もはや嗚咽に近い。普段は口下手でぶっきらぼうなキンジがこれほどまでに口を開くほど、世界は理不尽に満ちていた。キンジが向ける感情の矛先は、特定の誰かではない。その正体は『世間』というひどく不確かなものであり、そして同時に、どうすることもできない『敵』だった。だからやはりキンジの述懐は、誰かに向けた抗議ではなく、どうしようもないなにかに対する泣き言にすぎない。例えばこの感情をあのマスコミ連中にそのまま伝えてやれば、きっとその言葉は『世間』には届くだろう。しかし、届くだけだ。爪痕すら残せずに、叩き潰されて終わるだろう。
 それが無意識にわかっていたからキンジはあの時なにも言い返せなかったし、そんな少年の心情がわかったから、壮年の男性は慰めの言葉をかけなかった。それは、意味のないことだろうから。
 だから、壮年の男性は代わりにこう訊ねた。
 答えは、わかっていたけれど。
「・・・金次君。君は、これから先も武偵を続けるかい?」
「・・・いや。俺はもう、武偵をやめます。今日、はっきり決めました」
「なぜ?」
「武偵は、世界で一番報われない職業だから」
「・・・そうかい」
 間髪入れずに答えたキンジに、壮年の男性は静かに目を伏せる。
 そして再び開いたときには、『本題』を語り始めていた。
「実はね、金次君。私が今日ここに来たのは、君に話を聞くためであり・・・そして、一つ提案するためだったんだよ」
「提案・・・?」
「そう。金叉君や金一君が亡くなったその日、君はきっと知ったはずだ。いかに自分が身を置いている世界が、死と隣り合わせているかを。だが、それでもなおこの道を進むつもりならば、私は君に、私が持てる技術のすべてを教えようと考えていた。そうすることで、君を死からできるだけ遠ざけよう、とね。それが、金叉君や金一君への手向けになると思っていた。だが君は・・・武偵という道から、撤退するんだね」
「・・・はい」
「責めてはいないよ。それは、一番いい選択だと思う。私自身、我々の職務を真っ当な道とは思っていないしね。ただ、これだけは覚えていてほしい」
「・・・?」
 キンジは、壮年の男性の声に確かななにかを感じ、改めて彼を見た。
 そこにいたのは、杖をついてようやく立っていられるような、そんな男だ。しかし、その姿は、なぜかとても『強い』と感じた。あるいは彼が、キンジが失ってしまった信念を持っていたがゆえに。
 壮年の男性は言った。
「いいかい、金次君。金叉君も金一君も、最後はきっと信念の元に散って行った。武偵が、武装検事が、武装弁護士が、警察が、犯罪者たちと銃火を交えるすべての者たちが持つべき『正義』を胸に宿して、そうして最後の瞬間まで戦い続けたんだ。それは、どこの誰にも非難されるようなことじゃない。『世間』の誰が忘れても、君にはきっとこのことを覚えていてほしい」
「・・・・・・」
 壮年の男性の言葉に、キンジは即答を返せなかった。
 しかしそれでも壮年の男性は何かを感じたのか、少しだけ笑ってから、くるりと踵を返した。
「では、遠山金次君。そろそろ失礼させてもらうよ。この通り、足が悪いものでね。あまり長く外にいるのは好ましくないんだ」
「えっ、あ・・・はい」
 ぼんやりと返事したキンジの声に押されるように、壮年の男性はゆっくりと、だが確実にこの場を離れ始めた。
 少しずつ、少しずつ小さくなっていく背中。
 と、その時感じた言い知れぬ焦燥感に突き動かされて、キンジは気づけば声をかけていた。
「――あのっ! その・・・ありがとうございました!」
 なにに対してのお礼かは、自分でもわからなかった。
 けれど、壮年の男性はひらひらと後ろ手に手を振って応えてくれた。
 キンジには、彼の顔は見えなかったが。
 その時、やはり壮年の男性の口元には、深いしわが刻まれていた――

 * * *

「ったく・・・ひでぇ目にあった」
 俺は、正面玄関までの道を歩きながら、げんなりとため息をついた。
 あの謎の超絶美人が突然消えた後、俺は首をひねりながらも、とりあえずキンジたちのところに追いつこうとした。
 したんだが・・・それより早く、なんか武偵庁の特命武偵――まあ、つまりは金一さんの同僚が何人かやってきて、「今ここに金一がいなかったか!?」とか訊ねてきた。
 当たり前だが、俺が見たのは謎の美人女性であって金一さんじゃない。ていうか、そもそもあの人とは『約束』をしている。「今ここに超絶美人がいなかったか!?」と訊かれても、俺はNOと答えていただろう。
 だというのに、いくらそう言っても食い下がらないので、「俺が一緒にいたのは弟のキンジです」と答えると、「弟の気配と間違えたのか?」「いや、でもなあ・・・?」「でも、この少年が金一に会ってないと言った時、嘘ついてる感じじゃなかったしな・・・」とぶつくさ言いながらも、一応は納得してくれたらしく、引き下がっていった。なんだってんだ、あの人たち。
 まあ、そんなことはどうでもいい。それより、キンジだ。あいつ、結局どうなったんだ?
 そんなことを考えながら歩いていると、やがて正面玄関にたどり着き、そこに一つの背中を見つけた。
「――キンジ!」
「・・・ん、ああ。錬か」
 声をかけた俺に振り返るキンジの顔は、どこかぼんやりとしていた。どうしたんだ? こいつ?
 おっと、そんなことはどうでもいい。
 俺はキンジに駆け寄りつつ、
「・・・で? お前、あの人には会ったか?」
「ああ、武装検事の人だろ?」
「ああ、その人その人。・・・で、どうだった? ちゃんと話はできたか?」
「・・・そう、だな。話せることは全部話した」
「そっか。悪ぃな、すぐにこっち来れなくて。ホントは、俺もなんか言ってやろうかと思ってたんだけどな」
「いや、来なくてよかったよ。俺、なんかいろいろぶちまけてたからなあ。ちょっと、そういうの見られるのは恥ずかしいぞ」
 視線を外しながらポリポリと頬をかくキンジ。
 ・・・なんか、ちょっといつもの感じが戻ってきてるな。裁判の話がどう転んだのかはわかんねぇが、そう悪い結果にゃならなそうだ。
 俺は友人の様子に、さきほどとは違った意味でため息をついた。
 ――結局、この日はそれを最後に、後は大きな騒ぎもなく、金一さんの葬儀は終わった。
 マスコミ連中は、どうもキレたキンジのじいちゃんが追っ払ったらしい。すげぇな、あのじいさん。
 その後の俺にできることはなく、キンジもいろいろと忙しい日が続いたらしく、俺があいつとゆっくり話す機会はなかなか来なかった。
 ただ、結局裁判は起こらなかったらしい。なんでも、キンジ個人に向いていた賠償請求を武偵庁が代わりに引き受けたそうだ。その間ではなんかまたごたごたがあったっぽいが、そこは俺が関知するところじゃない。
 そして数日後、ようやく学校に来たキンジと、武偵高の屋上で肩を並べながら、俺は話をしていた。
 落下防止用の手すりに腕を乗せながら、キンジは視線だけは東京を――おそらくはそこに住む人々を眺めながら、語った。
「なあ、錬。一つ聞くけど・・・俺の兄さんは、間違ってたか?」
 俺は手すりを背もたれにして、キンジに向けていた視線を冬の寒空へと向けて、
「バーカ。なわけねぇだろ。武偵であの人を非難するようなやつはいねぇよ」
「そうか・・・ありがとな」
「礼を言う相手がちげぇな。言ったろ、武偵なら誰でもって。俺だけがそう思ってるわけじゃねぇよ」
「・・・そうか」
 そしてまた、キンジは黙り、俺も黙って空を見上げる。
 しかしその沈黙も長くは続かない。やがて、キンジはまた口を開いた。
「・・・街中を歩いてるとさ、いろんな人とすれ違うわけだ」
「あん? なんの話だよ?」
「いいから、聞けよ。それでな、俺は、思えなかったんだよ。今すれ違っている人たちを、自分の命を投げ打って救いたい、なんてさ」
「ああ・・・そういう話か」
「ああ、そういう話なんだ、兄さんがやったことってのは。実際その場面になったらどうかわからねえけどな、でも、俺はそう思えなかった。だからやっぱり・・・そこが、俺と兄さんの『差』だったんだろうなあ・・・」
「どうかな。そんなの俺だって思わねぇし、金一さんだって思ってなかったかもよ。ただお前が言うみたいに、その時になってそう思ったのかもしんねぇしな」
「そうかもしれない。けど、俺の中の兄さんはそういう人だったんだ。だから・・・俺は、きっと兄さんみたいにはなれない。少なくとも、『俺の中にいる』兄さんみたいには、なれない」
「・・・そっか」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・なあ、錬」
「ん?」
「俺さ・・・武偵、やめるよ」
「・・・・・・」
「一般校に転校するんだ。こんな荒っぽい学校とはおさらばしてさ。俺が持ちたいのはナイフじゃなくて鉛筆だし、使いたいのは銃弾じゃなくて消しゴムなんだ。それに・・・あれだ、部活とかも興味あるな。自慢じゃないが、俺は友達が少ないから・・・そういうところで、友達を作るんだ」
「・・・転入希望の申請はどうすんだ。もうとっくに申請期限過ぎてんぞ」
「ああ、だから転校するのは再来年の4月だな。それまでは、武偵を続けるさ。しかたないからな。だけど、意欲的には続けない。今度の考査もサボるつもりだしな。・・・だから、さ・・・」
「なんだよ」
「――俺とのコンビを、解消してくれ」
 その、言葉は。
 存外、俺の胸に重く響いた。
 響いた、が・・・俺は、その提案に対して断る言葉を口に出せなかった。今回の件でキンジや金一さんが受けた扱いを考えれば、とてもそれは言えない。
 だから、ただ一言だけを口にした。
「・・・そうか」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・文句、言わないんだな」
「別に文句なんてねぇよ。だって、別に学校で組んでるコンビを解消するってだけの話だしな。なにも、友達やめるってわけじゃない。なら、問題ねぇだろ」
「そう、だな」
「ああ、そうだよ」
 繰り返すように、俺はキンジに言った。
 そして、
「・・・じゃあ、あれだ。お別れするか」
「は?」
「解散式だよ。まあ、そんな大層なもんじゃねぇけどな。ここで、お別れしとこうぜ。あの、『こっぱずかしい名前に』」
「うげ、思い出させんなよ、それ」
「まあ、いいじゃねぇか。解散するってなったら、あの名前もちょっと名残惜しいだろ。・・・あー、クソ。ちょっと前まで眠りこけてたのが悔やまれるぜ。このまま解散したら、最後の事件は先月にあった、ストーカー退治のやつだろ? こんなことなら、なんかでかい任務(クエスト)やっとくんだったな」
「・・・・・・」
「キンジ?」
「・・・そうかもな。でも、これでお別れだ。それは変わらない」
「へーへー。わかってんよ。・・・さて、そんじゃあ解散と行くか」
「ああ。・・・じゃ、いっせーのな」
「あいよー・・・いっせーのっ」
 続く言葉に、打ち合わせなんてなかった。
 けれど、自然と確信していた。多分、同じように言うんだろうな、と。普段はどっちも別れの挨拶は「じゃあな」を使うのに、この時だけは違った。
 あるいは、それが。
 俺たちが『コンビ』だったことの、何よりの証だったのかもしれない。

「「――さよなら、『アルケミー』」」

 二人、全くの同音でそう言って。
 そして、遠山キンジと有明錬のコンビは――『アルケミー』は、解散した。
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