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「偽物の名武偵」
第三章 黄月のプルマージュ

25.闘劇の前の小劇場

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偽物の名武偵、25話です。




25.闘劇の前の小劇場

 最初に言っておこう。
 これは、闘劇の前にあった『平和なシーン』を切り取ったものである。

 * * *

Scene1 『New Face』

 5月11日。
 その日、東京武偵高2年A組は、一つの珍事に見舞われていた。
 かつっ、かつっ、とチョークが黒板を叩く小気味良い音が教室に響く。日本語にはない『曲線の美しさ』を見せつけながら、筆記体のアルファベットが並べられていく。
 L.Watson(エル・ワトソン)。
 板面には、そう書き連ねられていた。
「はぁい、みなさん。というわけで、マンチェスター武偵高から留学してきた、ワトソン君です。なかよくしてくださいねー」
 ほわほわと微笑みながら、教壇に立ったA組の担任である高天原ゆとりが告げる。
 瞬間、教室内を黄色い声が満たした。
 かつて、神崎・H・アリアが東京武偵高に転入してきた時にも、受け入れ先の教室では野太い歓声が上がっていた。そして今それと同じことが起こっているということは、その対象もまた、アリア同様に美形であるということだ。
 もっとも。
 紹介された性別は違ったが。
「エル・ワトソンです。これからよろしくね」
 東京武偵高の男子制服に身を包んだ転入生――ワトソンは、笑顔を浮かべながら挨拶した。
 首元で切りそろえられた茶色(ブラウン)の短髪が、窓から入り込んだ5月の風になびく。吸い込まれそうな輝きを放つ、黒曜石(オブシディアン)のごとく青みがかった黒瞳が、室内の生徒たちを見渡す。
 空気を震わす美声は、一般的な男子と比較すれば、かなり高い。160cmを少し下回る身長と相まって、あたかも幼い少女のようにも見えるが、だからこそA組の女子たちには『かわいい系』として琴線に触れたのだろう。
 ワトソンの笑みに、またもや女子たちの歓声が上がる。
 しかし、何事にも例外があるように、嬌声を発しなかった女子生徒がいた。
 その名は、神崎・H・アリア。強襲科(アサルト)・Sランク武偵の、ピンク色のツインテールをした少女だった。
 彼女は、自らの席に着席したままで、驚きに目を見開いていた。
 なぜならば。
 今、教室中の興味の対象である人物に、心当たりがあったからだ。
(ワト、ソン・・・? まさか、『あの』ワトソン家の人間なの・・・?)
 神崎・H・アリアは、かの希代の名探偵シャーロック・ホームズ卿の曾孫である。
 そして、これは武偵高の教科書に載っているレベルで有名なことだが、シャーロックには一人の相棒がいた。
 元軍人の医師でありながら、名探偵シャーロック・ホームズの右腕として半生を過ごしたその男の名を、J・H・『ワトソン』と言った。
 そして。
 アリアにとってワトソンという名は、偉大なる曾お爺さまの相棒という以上の意味を持っていた。
(あたしと同い年・・・ワトソン卿の曾孫? じゃあ、まさかお婆さまが言ってた『婚約者』って・・・)
 形のいいアリアの眉が、疑念に歪む。
『婚約者』。
 許嫁と言い換えてもいいが、アリアにはそういう相手が存在していた。いや、正確には存在していると目されていた。昔、アリアの祖母がアリアの許可なく(名家にはよくある話だが)婚約を結んだという話をしていた。しかし、アリアの祖母はすでに相当な高齢であり、なおかつその相手であるワトソン家の嫡男の実在が不明確だったことで、今の今までアリアの祖母の妄言とされていたのだ。
 しかしここに来て、ワトソンを名乗る人物が武偵高、それもアリアのいるクラスに転入してきた。これはおそらく偶然ではなく、そして偶然でないということはやはりあの転入生はワトソン家の人間――それも、存在が疑問視されていた嫡男なのだろう。
 どうして、このタイミングで出てきたのかはわからない。ワトソン家は秘密結社『リバティー・メイソン』の一角を担っており、その秘匿性から偽名やカモフラージュの職業を行っているような、虚ろな一族なのだ。表舞台に出てくる理由が、思いつかなかった。
 そして、思いつかなかったならば、アリアが取る行動は決まっている。
 すなわち、勢いよく椅子から立ち上がり、いつかパートナーたちにしたように人差し指を突きつけて、「あんた、一体何が目的なのよ!」と詰問する――より早く。

「エル・・・?」と。
 左隣にいた少年が呟いた。

「え――?」
 機先を制されたアリアが呆けた声を出して、そちらに視線をやる。
 その先では、遠山キンジがともすれば自分よりも驚いているのではないかという表情で、転入生を凝視していた。
 エル。言うまでもなく、つい先ほど本人の口から紹介された、転入生のファーストネームである。
 それを、パートナーであるキンジが呼んだ。
 つまり、
「キンジ、あんたまさか――」
 ――ワトソンのこと知ってるの? と訊こうとしたアリアだったが、それより先に今度は前方から声をかけられた。
「『はじめまして』。君の隣の席は、空いてるのかな?」
 顔を正面に向けると、そこには英国紳士もかくやというほど爽やかな微笑を浮かべたワトソンが屹立していた。
 アリアはきろっ、と厳しい視線を向けながら、
「『はじめまして』。悪いけど、そこはあたしのパートナーの席よ」
「・・・パートナー、ね。それは知らなかった。ごめんね」
 爆発するタイミングを失ったことで冷静になったアリアの返答に、ワトソンは目を細める。
 そして、くるりと振り返り、再び教壇に戻っていった。「あ、あのー、まだ私なにも言ってなかったのだけど・・・」「すみません。綺麗な女性がいたので、お近づきになろうとつい向かってしまいました」そんな会話をしり目に、アリアはちらりと開きっぱなしになっていたペンケースの中を覗く。
 そこには、いつの間にか一枚の折りたたまれた紙が入っていた。

 * * *

『放課後、遠山キンジと2人で「看板裏」まで来てほしい』
 ワトソンに渡された紙には、そう書かれていた。
 転入生であるワトソンが『看板裏』という、学園島内でも人気が少ない場所を知っていたことに驚きつつも、アリアは放課後、キンジを帯同して『看板裏』へと向かっていた。
 2人の間に会話はない。無論、アリアはキンジにワトソンとの関係について問い詰めたかったし、実際この段階になるまでに訊いてはいた。が、それに対して「放課後に話す」と言って、キンジは答えなかった。
 そこで、さらに問い詰めることはできた。できたが、アリアはそれをしなかった。(男子とはいえ)もし自分よりも親しい関係だったら、という不安がよぎったということもあるし、きっと『婚約者』のことを黙っていた後ろめたさもあったのだろう。なぜ、そこに後ろめたさを感じたのかは定かではなかったが。
 とにかくそういった事情から無言で歩く2人は、やがてレインボーブリッジに向かって立てかけられた看板と体育館の間――通称『看板裏』まで辿りついた。
 そこに、エル・ワトソンは海を見ながら立っていた。
 アリアたちに気付いたのだろう。ワトソンは潮風に靡く髪を一度払って、アリアたちに向き直った。
「やあ。わざわざ来てくれてありがとう」
「呼び出したのはあんたでしょ。それより、先に確認するけど・・・あんた、あのワトソン家の嫡男で合ってる?」
「そうだ。ボクは、J・H・ワトソン卿の曾孫であり・・・アリア。君の『婚約者(フィアンセ)』でもある」
 フィアンセ・・・? と隣でキンジが小さく呟くのが聞こえた。
 それに、アリアはひどく狼狽する。余計なことを、という気持ちもあったが、いずれバレることだ。知られること自体は仕方ない。
 だが、誤解はしてほしくない。同意の上ではないことだけは、なんとしてもわかって欲しかった。これもまた、その根源にある理由は判然としなかったが。
「ちっ、違うのキンジっ! それは、あたしの意思じゃなくて、お婆さまが勝手に・・・キンジ?」
 慌てて弁解しようとするアリアだったが、キンジの反応がおかしいことに気付く。
 キンジはなにやら顔をひきつらせ、若干後ずさっていた。というか、端的に言ってドン引いていた。
 そして、震える声でワトソンに話しかける。
「エ、エル、お前・・・そんな趣味があったのか・・・?」
「ばっ、違っ、誤解しないでくれキンジ! ちゃんと後で説明するから――」
「いや、その、大丈夫だワトソン。俺は、そういうのは個人の自由だと思うぞ」
「他人行儀! 距離を取らないでよっ!」
 アリアの心配もなんのその、はたから見れば漫才のような光景に、アリアは呆気にとられる。
 そんなアリアに気づいたのか、ワトソンは一度咳払いをして、
「話が逸れたね。ボクが君たちを呼び出した理由だけど・・・アリア。君に言いたいことが、2つある」
「2つ・・・?」
「そう。1つは、ボクは君に正式に婚約を申し込みに来たということ。そして、もう1つは――」
 ワトソンはそこで一度切り、
 そして、告げた。

「キンジとレンとのパートナー関係を解消してほしい、ということだ」

 ――その瞬間。
 アリアは、すべてがどうでもよくなった。ワトソンが実在していたこと、婚約を申し込まれたこと、なにやらキンジと面識があるらしいこと、それに心が揺れていること。それらすべてが、一気に思考の彼方へと飛んだ。
 代わりに残ったのは。
 燃え上がるような怒りだった。
「いきなり現れたと思ったら、ふざけたこと言ってくれるじゃない・・・ケンカを売りたいなら、素直にそう言いなさいよ」
 両腿のレッグホルスターから2丁拳銃(ガバメント)を抜き放ちながら、アリアはワトソンを睨みつける。怒りの度合いが大きすぎて、逆に頭は冷えている。常にはない怒り方だと言える。
 つまりはそれほど、アリアにとって遠山キンジと有明錬は大きな存在になっていたということだ。
 対してワトソンは、飄々としていた。柳のようにアリアの怒気を受け止めながら、しかし視線は組み合わせている。
 剣呑な雰囲気がその場を満たし、あわや撃ちあいに発展するかと思われた時、沈黙を保っていた(正確には呆けていた)キンジが介入した。
「ち、ちょっと待てよエル! お前、急に日本(こっち)に来たと思ったら、何言いだしてんだ!?」
「久しぶりに会っておいてこういう言い方はどうかと思うけど・・・少し黙っていてくれるかな、キンジ。これはボクとアリアの問題だ」
「そんなわけにいくか! 俺たちだって立派に関係あるだろ!?」
 声を荒げるキンジに、ワトソンは困ったように眉を寄せながら、
「落ち着きなよ、キンジ。これは、決して悪い話じゃないんだ。キンジとレンにとっても・・・そして、アリアにとってもね」
「なんですって・・・?」
 拳銃の銃口はワトソンに向けたままで、しかしアリアは一応話を聞く気にはなった。パートナーを解消するのがアリアたちにとっていい話など、一笑に付すべき言い分だが、それでもそこにどういった意図が込められているのかは気になった。
 ワトソンは満足したように一度頷くと、
「最初に言っておくけれど、ボクはアリア、君の事情を知っている。君の母親が拘留されていることや、キンジ達をパートナーにしたことだけでなく、『イ・ウー』のことについてもね」
「また『イ・ウー』か。大人気だな、そいつらは」
「人気と言えばそうかもね。なにせ、『イ・ウー』の動向には、洋の東西、そして表裏問わず、世界中の組織が注目しているんだ」
 そんな連中と戦ってたのか俺は・・・、とキンジは頭を抱えた。
 と同時に、
(てことは・・・こいつも、何かしらの『組織』とやらに所属してるってことか。一般どころか武偵さえ知らないような『イ・ウー』の情報を持ってるレベルの。どうして、俺の周りにはこう、普通じゃない連中ばかり集まるんだ・・・?)
 今まで知らなかった友人の秘密に辟易とし、ため息が零れる。
 その様子を横目で確認しつつ、アリアが問いかける。
「それで? あんたがあたしの事情を知ってることと、キンジ達とのパートナー関係を解消することが、どう関係あるっていうのよ」
「簡単な話だよ。アリア――ボクが、君のパートナーになる」
 その言葉に。
 アリアは、動揺をあらわにした。
「ど、どういうことよそれ?」
「そのままの意味だよ。自慢じゃないが、ボクは強いよ? 『イ・ウー』に対する情報だって多く持っているし、連中に多くいるステルスや怪物たちへの対抗策だって持っている。なんなら、『リバティー・メイソン』の力を使ってもいい。・・・その代わりに、君にはボクと結婚してほしい。母親を助け出すことも、約束しよう」
 ――それは、破格の条件と言ってよかった。
 ワトソン個人の力量はともかく、情報力や組織力はアリアにはない大きな武器だ。現状、アリアのチームは『イ・ウー』に対し、前情報がほぼ無しの迎撃戦しかできていない。情報があれば先手を打てる可能性があるし、組織だって動くことができれば戦闘や包囲も楽になるだろう。そう言った意味では、ワトソンとの契約は、まさに値千金と言えた。
 しかし。
 アリアは一切迷わない。拳銃をホルスターに仕舞い、悠然と腕を組んで、ワトソンの言を切って捨てる。
「あたしのパートナーは、この世でただ2人、キンジと錬だけよ」
 その一言は、なによりも雄弁だった。
 ワトソンの言葉など、一顧だにしていなかった。
 アリアの台詞に、キンジの胸にジンとしたなにかが沸き起こる。それはきっと、嬉しさと照れくささが混じった何かだったのだろう。
 そんな2人をワトソンは見つめていたが、やがてゆるやかに首を振ると、
「婚約者である君に、こういう言い方はしたくなかったけど・・・はっきり言おう。君がどれだけなにを言おうと、それは君のエゴだ。キンジたちを、危険に巻き込んでいることに変わりはない」
「なっ・・・そ、そんなことわかってるわよ! けど、それでもキンジたちはあたしのそばにいてくれて――」
「それは本当に、混じりっ気のないキンジたちの意思かい? 拒絶は全くされなかった? 進んで戦場にやってきた? 同情はなかったと言い切れる?」
「そ、れは・・・」
 アリアは、言葉に詰まった。
 ワトソンに指摘されたことは、まさしくアリアたちの『歪み』と言える。
 拒絶はされた。任務にはアリアが引っ張り出した。母親の境遇に同情された余地はある。
 それらを内包しながら形成されたパートナー関係だ。アリアの心のどこかで、そのことが棘として残っていたことに、間違いはない。
 意気消沈するアリア。それを見かねて、キンジが口を出す。
「言いすぎだ、エル。確かに、無理やりだったところもあったが・・・俺は、今はまだ武偵だ。こいつからの依頼は完遂する。そもそもとっくに2人ほど戦っちまったし・・・もう、とことんまでやりあうしかないだろ」
「それも、ボクが肩代わりしよう。もともと、アリアとの婚約がある以上、ボクの役目だ。これ以上君たちが傷つく必要はないよ。・・・いや、訂正しよう。ボクは、君たちに傷ついてほしくない」
「な、なんでそんなにお前が俺たちのことを気遣うんだよ」
 そう、キンジが聞いた瞬間だった。
 ワトソンの頬が赤く染まり、所在無げに髪の毛を触り始めた。
 そして、ぼそぼそと小声でつぶやく。
「それは、その・・・君たちが、ぼ、ボクの友達だから・・・」
「? なんだ、はっきり言えよ」
「だっ、だから! 君たちは友達だから、危険な目にあってほしくないんだよ!」
 羞恥心を誤魔化すように声を張ったワトソンに、キンジは若干圧される。
 その温度差を見て好機と見たのか、アリアが沈んだ気持ちを持ち直しつつ、ワトソンに指をつきつけた。
「そ、そもそもあんた、キンジたちとどういう関係なの!? さっきから聞いてれば、あんた、あたしに婚約を申し込んでるわりに、キンジたちのことばかり気にしてるみたいじゃない!」
「どういう関係って・・・説明、してなかったのかい? キンジ」
「あー・・・どうせここで会うことになってたんだし、その時にまとめてお前が説明するもんだと思ってたからな」
「ものぐさだなあ、君は。・・・アリア。彼とレンはね、ボクにとっての『真実の友』なんだ」
「『真実の友』・・・?」
 それは確か、アリアの曽祖父であるシャーロック・ホームズが、J・H・ワトソンに対して使った言葉だったはずだ。その話は当然ワトソン家にも伝わっていたのだろうが、そんな重大な言葉を当てはめたということは、それだけ彼らの仲は深い物ということだろうか?
 しかし、その疑問にはワトソンがすぐに答えた。
「といっても、シャーロック卿が言ったのとは、また別の意味だけどね。彼らは、ボクの『本当』を知っている。だからこその、『真実の友』なんだ」
「あんたの、『本当』って・・・?」
「ごめん。それは、言えない。・・・それはそうとして、キンジ。今日、レンがいなかったみたいだけど、彼はどこに?」
 アリアから視線を変えて、ワトソンはキンジに訊ねた。
 対するキンジはがりがりと頭をかきつつ、
「それが、アドシアードの初日以来、姿が見えないんだよ。実はその日、ある犯罪者が・・・まあ、知ってるなら言うが、『イ・ウー』のメンバーが襲撃してきたんだが、そいつを逮捕した後から、錬がいなくなった。その犯罪者は、錬がどこ行ったか知らないそうだし、連絡も取れないから行方が分からない。まあ、あいつがふらっといなくなるのは1年の頃も何回かあったし、いつのまにか特秘任務(シールド)に行ってたりしたからな。そこまで心配はしてない」
「ふむ・・・ちょっと気になるけど、キンジがそう言うなら、大丈夫かな。――さて、アリア」
「なによ」
『真実の友』とやらに不機嫌になってふくれているアリアに、ワトソンは微笑みかけた。
 そして、調べのように優雅な声で語りかける。
「レンがいないのは想定外だったけど・・・これから、この学校でボクとキンジたちを比べてみてくれ。そして、証明してみせよう。ボクが君のパートナーに、より相応しいということを」
「大した自信ね。だけどあたしは、さっきの言葉を曲げる気はないわよ」
「構わない。君が、曲がるんじゃない。『ボクが』、曲げるんだ」
 言葉は尊大に。しかし、物腰は柔らかく。
 ワトソンはアリアとキンジに対して、右手でつくったピストルを構えて――言い放った。

「ボクが、君たちの間に風穴をあけてあげよう」

 * * *

Scene2 『In Bucharest』

 ブカレスト。
 かのドラキュラ伝説で有名なルーマニアの首都にして、最大の都市であるこの都の南部に、トゥルゴヴィシュテという県都がある。現在でこそルーマニアの一都市ではあるが、1714年まではワラキア公国の首都として君臨していた歴史的に重要な都市だ。
 そんなトゥルゴヴィシュテの一角、鬱蒼と生い茂る森の中に、ひっそりと古城が建っていた。
 古城とは言ったものの、歴史を感じる石壁や建築様式に反して、内部はかなり改装されている。ワラキア公国が健在だった時代からの城ではあるが、時代に即した変化を遂げているのだ。
 その古城の一室、城内でもとりわけ大きく敷地を取った部屋がある。
 いや、部屋というのは正確ではない。そこは、大理石の壁面と純金の浴槽が構成する空間であり・・・平たく言えば、大浴場であった。
 適度に熱せられた湯気の向こう、湯が並々と張られた浴槽に身を沈めるのは、大浴場とは名ばかりにたった一人の少女のみだった。
 天の川のごとく煌びやかに湯船にたゆたうのは、金糸を束ねて編んだかのような金の美髪。その煌びやかさに負けずに輝く、真紅の両目。ある種、人間離れした美貌を持つ彼女は、体のバランスにおいても秀でている。スラリとした肢体でありながら、凹凸は豊かなスタイル。まさに美女と呼ぶべき姿だった。
 しかしその美貌を打ち消す――否、妖しく変える存在があった。
 それは、彼女の背中。人間にはあり得ない、二対の蝙蝠のような翼が生えていた。
 その姿を見た者は、彼女をこう表現するかもしれない。
 まるでドラキュラのようだ――と。
 そして、真実彼女は、ドラキュラと呼ばれる種族だった。夜の王、不死者、吸血鬼、様々な呼び名を与えられた、人外の生物である。
 竜悴公姫(ドラキュリア)・ヒルダ。
 それが、彼女を示す名だった。
「ふう・・・お父様、たまには帰ってきてはいただけないかしら・・・」
 両手で湯を掬い、ヒルダは悩ましげに呟く。
 彼女の父親であるブラドは現在、『イ・ウー』と呼ばれる組織に身を置いている。この城の城主は当然初代ドラキュラ伯爵であるブラドなのだが、前述した理由から彼は今この城にはいない。よって現在居住しているのは、ヒルダを除けば使用人代わりに暗示術(メスメリズム)で操った人間くらいのものだ。永の時を生きる彼女たちドラキュラにとっては、ブラドが家を空ける期間などわずかなものだが、しかしそれと退屈なのは別問題だった。
 つまりはまあ、これは彼女の名誉のためにあえて控えめに表現するが、ヒルダはさみしがっていたのだった。
 つまらなそうに、ヒルダは身をさらに深く沈める。結果として口元まで水が迫ってきたので、人間がやるようにぶくぶくと泡を吹かせてみたりする。
 そんな風に、退屈をまぎらわしている時だった。
「ヒルダ様。小夜鳴(さよなき)様よりお電話です」
 使用人として操っている人間が、浴室の外から声をかけてきた。
 ヒルダは彼女を呼びつけ、浴室への進入を許可する。その頬には、入浴による上気以上の赤みはない。人形に裸を見られて羞恥する人間はいないのと、同じ理屈だった。
 ヒルダは使用人から、見た目だけは古めかしいコードレステレフォンを受け取る。年齢によらず、変なところで現代に適用している吸血鬼ちゃんだった。
 聞くものを幻惑するような、妖しくも鈴のように鳴る声で、ヒルダは口火を切った。
「――Buna ziua(ごきげんよう).小夜鳴。お前が私に電話してくるなんて、珍しいわね」
『いえいえ、一応あなたは私の娘ということにもなりますから。たまの電話くらいは、かけなければ申し訳ありませんよ』
 電話の相手は、若い男の声だった。
 それ自体に不快感はないのだが、発言の内容にヒルダは眉根を寄せる。
「ふざけないでくれるかしら。私の父は、ブラドお父様ただ一人。お前は、お父様が使う衣服と何ら変わりないということを自覚なさい」
『おや、これは手厳しい』
「それで? 雑談のためにわざわざかけてきたわけではないでしょう。はやく本題に入りなさいな。私は今、湯浴みを楽しんでいるのよ」
『おっと、淑女のバスタイムを邪魔するのはいけませんね。ではお言葉通りに・・・実は先日、「イ・ウー」から裏切り者が出てしまいましてね。しかも、まんまとボストーク号から逃亡されてしまったんですよ』
「裏切り? そいつは一体どんな命知らずかしらね」
 小夜鳴が口にした『イ・ウー』とは、世界的に有名な犯罪組織の名だ。そこに集うのは、一騎当千の怪物たち。裏切りとなれば、それらが最悪の悪夢として牙を剥く。正気の行動とは思えなかった。
 小夜鳴も電話の向こうで『同感ですよ』と同意し、
『裏切り者の名は、カナ。本名を、遠山金一。元ですが、日本の武偵だった男です』
「そう・・・確かに面白いニュースではあるけど、世間話の域は出ないわね。私は別に『イ・ウー』の所属ではないし、どうでもいい話だわ」
 つまらなそうに指先を光に透かしながら、ヒルダはすげなく返す。
 しかしその反応は予想されていたようで、
『もちろん、ここまでならあなたには関係のない話でしょう。しかし、ブラド伯爵からのお願いということなら、どうでしょうか?』
「・・・詳しく話しなさい」
『さきほど裏切り者が脱走したと話しましたが、その人物を取り逃したのはブラド伯爵なのですよ。もともとは、「イ・ウー」に潜り込んだネズミが・・・ああいえ、とにかく、彼は大層お怒りでしてね。彼が、そういう風に虚仮にされることが嫌いなのは知っているでしょう?』
「なるほど・・・それで、私に何をしろと?」
『数日前、遠山金一が中国の香港で目撃されましてね。藍幇(ランパン)と接触したこともわかっています。その後の行方は、不明ですがね。おそらく、藍幇が秘密裏に移動させたのだと思いますが』
「へえ。今は行方知らずとはいえ、よく発見できたわね」
『「イ・ウー」にも諜報担当はいるというわけですよ。・・・遠山金一の行動から察するに、彼は世界の有力者とコンタクトを取ろうとしているのでしょう。そして、そうならば、ほぼ間違いなく接触するであろう組織があります』
 もったいぶるような言い方の小夜鳴に少しイラつきつつも、ヒルダにも話が読めてきた。
 遠山金一は次なる有力者の場所へ現れる。父は、遠山金一に怒りを抱いている。そして、父からヒルダへの『お願い』。
 となれば。
『遠山金一が懇意にしていた一番の組織は、「バチカン」。つまり彼は、近いうちにローマに現れるはずです。・・・ここまで言えば、おわかりですね?』
「消せ――ということで、いいかしら?」
 凄惨な笑みを浮かべながら、ヒルダは即答する。
 その返答に満足がいったのか、電話口の相手は声の調子を一段階上げた。
『Fii Bucuros(すばらしい).すばらしい回答です。「同道者ごと遠山金一を消せ」。それが、ブラド伯爵からあなたへの指示ですよ、竜悴公姫』
「正解が遅いわ、小夜鳴。お前、クイズの司会者には向いてないわね。・・・いいでしょう。人間を操って遊ぶのにも飽きたし、次はバチカンの間抜けな聖女どもをからかいに行きましょうか。そのついでに、お父様の怒りに触れた哀れな子羊を殺してあげる」
『期待していますよ。――では』
 ブツッ、と。その言葉を最後に、通話は切れた。
 ヒルダは、通話中ずっと控えていた使用人に電話を投げ渡し、ゆるやかに湯船から立ち上がる。
 何百年経とうと変わらず瑞々しさを保つ肌が、水を弾く。見る者を魅了するであろう肢体が、惜し気もなく晒される。
 そして。
 夜の王女、竜悴公姫・ヒルダは、静かに宣告した。
「さあ、痺れるような戦を始めましょうか」
 ――バチリッ、と。
 ヒルダの金髪から、紫電が迸った。

 * * *

Scene3 『Monster Lord』

『イ・ウー』と呼ばれる組織がある。
 世界的な犯罪組織であり、『最強の無法者集団』との呼び声も高い。歴史に名を刻むほどの一騎当千の怪物たちが、数多籍を置くその組織には、一つの本拠地があった。
 名を、『ボストーク号』。
 超アクラ級原子力潜水艦。それが、この船の分類になる。といってもイメージが沸きにくいだろうが、300メートル以上の鉄の塊を想像してもらえれば手っ取り早い。側面には白文字で『伊・U』と書かれている。日本、ドイツ両国における、かつての潜水艦のコードネームだ。
 そしてそのボストーク号には、いくつかの部屋があった。メンバーひとりひとりに割り当てられたその部屋には、当然格差がある。具体的に言えば、実力が高い者ほど、いわゆる『いい部屋』に住む権利が与えられる。
 ただし。
 この男だけは、例外だった。
 シャーロック・ホームズ。
 表の世界で知らぬ者なき、希代の名探偵『だった』男。100年前のヨーロッパを主な舞台として、あまたの凶悪犯や怪盗、果ては怪人や怪物を打倒してきた武偵の始祖とまで呼ばれた男だ。
 オールバックにした黒髪と、高い鷲鼻。パリッとした黒スーツに包んだ体は、痩身ながらも不思議な力強さを感じる。全体的に若々しく、しかしその老練とした雰囲気には、確かに年月がにじみ出ていた。
 安楽椅子に体を預け、腕を組んでいるシャーロックは、知性溢れる瞳を虚空に向けている。その口元には緩やかな弧が描かれており、彼を穏健な人間に見せていた。
 部屋のほぼ中央に位置された安楽椅子に揺られるシャーロックの視界には、左右の壁が映っている。つまりはそれだけ部屋が狭いということであり、『イ・ウー』のリーダー・『教授(プロフェシオン)』シャーロックの部屋としては、やや不釣合いと言えた。かろうじて、部屋の隅にある棚上の蓄音機から流れるクラシックが、この男らしい点だろう。
 ――と、その時部屋のドアがノックされた。
「入りたまえ、ツァオ・ツァオ君」と、シャーロックが促す。
 それに一瞬戸惑うような沈黙が返り、しかしやがてドアは開いた。
 シックな木造の扉の向こうから姿を現したのは、一人の少女だった。
 身長は小柄で、10代前半だろうと推測できる。艶のある黒髪を玉付きのリボンでツインテールにし、清朝中国の民族衣装に身を包んだ、いささか気の強そうな少女だ。目じりには赤い化粧が施されており、目つきの険しさが増している。
 ツァオ・ツァオと呼ばれたその少女は、呆れたような表情で肩を竦め、
「入る前に誰か言い当てるの、やめてほしいネ。びっくりして心臓止まるかと思ったヨ。そうなったら、慰謝料請求するヨ。大体、なんで私とわかったネ?」
 憮然とした様子のツァオ・ツァオに、シャーロックはいまだ穏やかに腕を組んでいる。
 そして、子供に物事を教える親のような声音で、ツァオ・ツァオに種明かしを行う。
「なに、簡単な推理だよ。この部屋に来る君の足音から、体重を推測した。今の『イ・ウー』メンバーでその体重に当てはまるのは、君だけだ。ちなみに、数値は――」
「わっ、わわっ、やめるヨ! 乙女の秘密バラすのよくないネ!」
 かあっ、と瞬間的に頬を紅潮させたツァオ・ツァオが、慌ててシャーロックの言葉を止める。
 そうリアクションを取ることは『推理』できていてやったのだから、シャーロックもなかなか質(たち)が悪い。子供っぽい、と言い換えてもいいだろう。
 シャーロックは怒れる少女に、表情だけは申し訳なさそうにして、
「これはすまない。英国紳士としてあるまじき行動を取ってしまったね。それで、ボストークから下船したいという君の要求だけど・・・おや? どうしたんだい、そんな苦虫を噛み潰したような顔をして」
「・・・なんでもないネ」
 まだツァオ・ツァオは一切来訪の目的を告げていなかったはずなのだが、シャーロックはぴたりと当ててきた。まるで反省の色が見えない。
 げっそりした顔をするツァオ・ツァオだったが、やがて諦めたのか開き直って、
「用件がわかってるなら、話は早いネ。あの遠山キンイチが『イ・ウー』から離反した。こうなったらもう、戦争ネ。やつは兵隊を引き連れて、また戻ってくるはずヨ。私(ウオ)、金にならない戦はしない主義ネ」
「ふむ・・・」
 ツァオ・ツァオの言い分に、シャーロックはひとつ頷いて黙考する。
 ――『イ・ウー』のメンバーから裏切り者が出て、1週間が経った。 
 今から1週間前、カナというメンバーが、その日ボストーク号に侵入した襲撃者と共に脱走を図った。小型潜水艇『オルクス』を1艇盗み、まんまとこの犯罪者の巣窟から抜け出したのだ。
 カナは、遠山金一という名の元武偵である。去年の12月にシージャック事件において『イ・ウー』に加入した人物なのだが、ここにきて彼女(彼)は『イ・ウー』から造反した。こうも簡単に裏切ったとなると、おそらく最初から『イ・ウー』に心を許してなどいなかったのだろう。そのうえで所属していたとなると、寝首をかくなどの狙いがあったはずだ。
 となれば、『正義の味方』である金一の今後の行動は読める。おそらく、勢力を形成し、『イ・ウー』討伐に動くだろう。現に、すでに裏の世界の一角たる組織『藍幇』への接触は確認されている。
 つまり――近いうちに、戦争が起こる。
 金一脱走の報をツァオ・ツァオが聞いたのは、昨日とある任務から帰ったときだ。後に起こるであろう戦争を予期した彼女は、こうしてシャーロックに下船を要求しにきたのだ。
 もともとツァオ・ツァオは、『イ・ウー』正規メンバーというわけではない。先述した『藍幇』から派遣として在籍しているにすぎないのだ。いわゆる『裏組織同士のつながり』を構築するためでもあり、単純に『イ・ウー』の金払いがいいという理由もある。ツァオ・ツァオは、小型潜水艇『オルクス』の製作など、技師(メカニック)として出張し、その代金として莫大な金を貰う。それが、『イ・ウー』とツァオ・ツァオの関係だった。
 しかし、この状態はいただけない。このままここに留まっていれば、激闘に巻き込まれてしまう。そうなれば、自衛の為戦わざるを得ないだろう。そして、それは結果として『イ・ウー』に利する行為である。他人の利益のために無償で働くというのは、どうにも我慢できなかった。
 とはいえ。
 それはつまり、裏を返せば報酬次第では協力もやぶさかではないということだ。
「ならば、追加報酬を出そう。襲撃時の迎撃にあたってくれれば、相応の報酬を用意するよ」
「呸(ふんっ)、私を甘く見るよくないネ。戦は領分ちがいヨ。その私を動かそう思うなら、誠意を見せるヨロシ」
 お前の提案なんか鼻で笑ってやる、と言わんばかりに尊大な態度のツァオ・ツァオ。
 しかし、それは微笑み混じりのシャーロックに、あっさりと覆される。
「1勝につき1000万香港ドル。これでどうかな?」
「・・・・・・え?」
 シャーロックの提示した金額に、ツァオ・ツァオはあんぐりと口を開ける。
 当然と言えば、当然だ。シャーロックが言ったのは、日本円にして1億円を超える額。それを、『一度勝てば』その都度報酬として出すと言っているのだ。驚かない方が無理だった。
 呆気にとられるツァオ・ツァオに、シャーロックは再度問いかける。
「君に対する条件としてはそう悪くないと推理しているが、どうかな?」
「ど、どうって・・・本当に、その条件でいいあるカ?」
「もちろん。僕はね、ツァオ・ツァオ君。次の戦いは、それほど価値のあるものになると思っているんだ」
 ここではないどこかに焦点を合わせているかのような目線に、ツァオ・ツァオはなんと答えればいいのかわからない。
 しかし、とはいえこれは破格の条件だ。確かに、今ここにいるツァオ・ツァオは戦闘が領分ではない。だが、それならば『戦闘が得意なツァオ・ツァオが戦えばいいのだ』。
(技師である私は、戦闘なんてできないと思ってるカ? 歇洛克(シャーロック)。だからこその好条件だと思うガ、それが間違いであると教育してやるネ)
 心中でほくそ笑みながら、しかし表面上は悩んだ振りをしながら、ツァオ・ツァオは了承した。
 これで1億ゲット! とテンション上げるツァオ・ツァオだったが、そこに冷や水のように言葉が浴びせられる。
「ああ、そうそう。もちろん、戦いが得意な『君の姉妹』が条件を満たしても報酬は出すから、安心しなさい」
「え゛・・・」
 ぴきり、とツァオ・ツァオの頬が引きつった。
 それから数秒して、最初から自分のたくらみが見破られていたことに気付き、からかわれたようで逆切れし、しかし結局「シャーロックだから」という理由に落ち着き、微妙な顔をしながら、再度首肯した。
(やっぱり、こいつ嫌いネ。諸葛と同じ感じがするヨ)
 藍幇の上役の顔を思い出し、嫌な気分になりつつ、ツァオ・ツァオは退室する。
 その直前、シャーロックはツァオ・ツァオを呼び止め、
「戻るついでに、セーラ君や、金銭で動く他のメンバーに声をかけておいてくれるかい? 僕が報酬と引き換えに戦いを頼みたいと、そう言っておいてくれ」
「・・・あー、嗯嗯(はいはい)。もう素直に言うこと聞いとくことにするヨ。伝えとくから、安心するヨロシ」
 背中に哀愁を漂わせながら去っていくツァオ・ツァオを見送りながら、「すこしからかいすぎたかな?」と茶目っ気まじりの口調でシャーロックは零した。
 それから、彼は『ここではないどこか』を見据えながら、
「さて、遠山金一君。僕は、十分な戦力を用意して待っているよ。あるいは、生涯最後の戦として、ぜひとも華々しいものにしてくれることを期待しよう」
 シャーロックの脳裏に浮かぶのは、『イ・ウー』に身を置きながらも、その瞳の内に強い正義感を宿した、遠山金一の姿だ。
 彼ならばあるいは、死期の近いこの老体に、届きうるかもしれない。
 ――しかし、だ。
「だけど、なぜかな。僕の『条理予知(コグニス)』が言っているんだ。『主役は君じゃない』、と」
 目下最大の敵は、遠山金一である。それは間違いない。子孫である神崎・H・アリアや、そのパートナーこそがそうなる予定だったのだが、少しレールを逸れている。これも、寄る年波の影響だろうか。
 だが、だからこそ面白くもある。名探偵シャーロック・ホームズの推理が導き出す『主役』とは、果たして誰を指しているのか?
 その存在を思い、シャーロックは期待とともに言葉を紡いだ。
「おいで、主人公(ヒーロー)。時代の遺物として、この僕が相手になろう」

 * * *

Scene4 『Lonely Girl』

 理子・峰・リュパン4世は悩んでいた。
 端的にすぎる言い方ではあるが、しかしこれがおそらく最適な表現だろう。現在彼女の頭を占めていることは多々あれど、大別すればそれは『懊悩』の一語に尽きる。
 5月半ばの空は、薄暗い。梅雨が近づいてきたからか、気温の低下とともに曇り空が多くなった気がする。
 しかしそんな空からでも、雲を突き抜けて淡い陽光は届く。柔らかな日光が差し込む東京都内のとあるホテルの一室で、理子の物憂げな表情が照らされていた。
 武偵高の制服に包まれた、しなやかな、だがメリハリのある体躯をソファに深く沈め、『表』では見せないような険しい目つきで、ガラステーブルの上に置かれたノートパソコンに映る、数十枚の書類に視線を走らせる。・・・が、やがて大きく息を吐き出しながら、背もたれに頭を預けた。
 ふわふわとした金髪のツーサイドアップテールが、金色の滝のようにソファを流れる。それをうっとおしげに払うと、理子は一人、口を開いた。
「堅牢・・・以外に、言いようがないよねえ、これ」
 理子が今眺めていたのは、横浜にある紅鳴館(こうめいかん)という屋敷の各種資料だった。見取り図は言うにおよばず、一部屋ごとの細かい内装や、セキュリティシステムの詳細なデータなど、その方向性は多岐に渡る。
 そして、その中で最も枚数が多いのは、セキュリティに関する資料であった。
 その情報が理子の一番知りたいことだから、という理由もある。だがそれ以上に、単純にセキュリティの数が多すぎるのだ。事前に調べられただけでも、監視カメラ、アナログ・デジタルの各種キー、赤外線装置まで備えてある。一介の館には不釣り合いなほどの防犯態勢だった。
 そして。
 なによりの問題は、それら全てのセキュリティよりも、家主の方にあった。
 竜悴公(ドラキュラ)・ブラド。
 真正の吸血鬼であるその怪物が、紅鳴館の主だった。『魔臓』という特殊な器官に支えられた不死性、たやすく人を嬲り殺せる怪力。およそ、人間が勝てる相手ではない。
 その怪物の別荘の一つである紅鳴館から、しかし理子は『とある物』を盗み出さなければならない。
 大好きだった母親の形見である、十字架のネックレス。かつて理子が幼いころ、『リュパン家の家宝』とまで呼ばれたこのネックレスを母親に譲り受け、以来それは理子の宝物だった。この十字架に使われている金属が『超能力(ステルス)』という『不可思議な力』を理子に与えてくれるということを抜きにしても、たとえ一切の価値がなかったとしても、最愛の母からの贈り物は、理子の心の拠り所だった。
 それを、
(ちくしょう・・・! ブラドのヤツ、あたしの宝物を奪いやがって・・・ッ!)
 顔を憎しみに歪め、理子は歯の根を噛み合わせる。
 ――理子は、4月にとある事件を起こしていた。
 連続武偵襲撃犯『武偵殺し』として、そして大怪盗アルセーヌ・リュパンの曾孫として、神崎・H・アリアとそのパートナーに、ハイジャックという手段を取って戦いを仕掛けた。
 しかし、その結果は敗走。甘く言って引き分け。理子は、自身が所属する組織『イ・ウー』へと撤退せざるを得なかった。
 そしてそこで、敗北の罰として組織からの除名――『退学』させられ、加えてブラドに十字架を奪われたのだ。なんのつもりか、紅鳴館に保管するという情報だけを残して。
 ――ブラドが、憎い。
 そもそも、理子が『イ・ウー』に身を寄せたのも、アリアたちと戦う羽目になったのも、全てはやつこそが元凶なのだ。
 理子が8歳の時、理子の両親は他界した。そこを境に、リュパン家は没落。嫡女であった理子も、親戚を名乗る者に養子に取られ、フランスからルーマニアへと移り住んだ。
 しかしそれこそが罠であり、理子は親戚を騙ったブラドに監禁されることになるのだ。優れた血統である理子を、次なる世代への礎――つまりは、優秀な子供を産むための母体として『保管』するために。
 幸い、そこから脱出することは母の形見のおかげで可能だったが、逃亡先である『イ・ウー』までブラドは追ってきた。自由を求めブラドに決闘を挑んだ理子だったが、あえなく敗北。しかしその成長を見たブラドは、『初代リュパンを超える存在になれば、解放する』という条件を課した。
 その結果としてアリアへの襲撃があったわけだが、目論見は失敗。状況はさらに悪化し、母親の形見まで取られてしまった。
「あたしからなにもかも取り上げるのが、そんなに楽しいかよ・・・!」
 両目から涙を流しながら、理子は呻く。
 けれども悲嘆に暮れてばかりもいられない。こうなった以上、理子は紅鳴館から十字架を盗奪するつもりだ。だから今、その突破口を探して資料を漁っていたのだ。
 ぐしぐしと涙を腕でぬぐいながら、理子は資料を睨みつける。
 だが、何度見なおしても、一人で突破できるとは思えなかった。館全体も堅牢だが、特に十字架が隠されているであろう地下金庫は目も当てられない。
 これでは、盗むのは不可能に近いだろう。
 ――『一人であれば』。
「・・・やっぱ、キーくんたちしかいないよねぇ」
 苦笑しながら、理子は小さく呟く。
 一人で無理なら、人数を増やせばいい。神崎・H・アリアとそのパートナーを使い、盗み出す。それが、理子の考えた突破法だ。
 かつての敵ではあるが、だからこそある意味その力量は信頼している。丁度、アリアには母親の神崎かなえの冤罪に対する証言、キンジには兄(姉)であるカナの情報、食いつきそうな報酬はあった。
 問題は。
 その2人と接触するならば、絶対に避けては通れない『とある少年』だ。
 今まで険しかった理子の表情が、今度は悲しそうに、あるいは困ったように苦笑の形を作った。
 そして、ぽつりと、
「・・・それは、いやだなぁ。もう、錬は巻き込みたくなかったな」
 零した理子の声に、いつもの明るさは無かった。
 室内に静寂が満ちる。その間、理子の頭にあったのは、あのハイジャック事件での有明錬との戦いだった。
 あの時、錬が言ってくれたいくつもの言葉。いくつもの行動。それを思い出し・・・しかし、理子は首を左右に振った。
「だめだよ、理子。そんなこと考えてちゃ。お母様の十字架を取り戻す。それだけ考えなくちゃ・・・だから、『それ』は、考えちゃだめだよ」
 自分に言い聞かせるように、理子は口に出す。
 それから数秒目をつむり――開いた時には、『武偵高の理子』に戻っていた。
「よーっし、やめやめ! こんなことばっか考えてちゃ、辛気臭くなっちゃうもんねっ。りこりんに暗いのなんて似合わないぞー! おー!」
 朗らかに笑って、理子は両手を天に突き上げる。
 それはどこか芝居めいていて、虚像のようだったが、それでも理子は明るく振る舞い始めた。まるで、何かを忘れようとするかのように。
「さーって、気晴らしにテレビでも見よーっと。フリフリのおにゃのこが出てくるアニメでもやってないかなー・・・およ?」
 テーブルの上に置いていたリモコンでテレビをつけると、そこではちょうど動物園の特集をやっているところだった。
 2年ほど前に開園した動物園で、ここからもそれなりに近いところにある。やたらと芸の上手い猿がいるとかで、かなり人気はある。もっとも、メインであるその猿は今、さらなる興行として、日本の近隣国を周っているそうだが。一か月ほど前にスタートして、今はフィリピンにいるらしい。前回は、中国に行っていたとか。
 しかしそれでも一定の人気はあるようで、モニターの中では、多くの来園客が動物を観覧していた。その中には、親子連れの姿も見える。
(そういえば小さいころ、お母様とお父様に連れていってもらったな・・・)
 フランスで家族と過ごしていたころの記憶が蘇り、理子の目じりに雫が浮かぶ。
 それを慌ててぬぐいながら、
「そういえば、あの時、お母様言ってたなぁ。『いつか、好きな人とまた来なさい』って・・・」
 もう10年近く前の記憶だったが、なぜかその台詞だけは頭に鮮明に残っていた。
 好きな人か・・・と、理子は胸中で呟く。
 そんな人、犯罪者である自分にできるのだろうか。いや、できたとして、相手が応えることはないだろう。犯罪者である自分すら受け入れて愛してくれるほど度量のある人間など、そうそういない。
 しかしそれでも、と夢想することはある。理子だって、まだ16歳の少女にすぎないのだから。
 いつかは・・・そう、いつかは、好きな人とブラドや『イ・ウー』のことなど忘れてのんびり動物園でも周ってみたい。
「うーん、でもあの目つきの悪さじゃ、理子が攫われるとか思っちゃう人がいるかもねー。きゃはーっ、ロリロリなりこりんはホント罪作りだよー!」
 おどけるように、理子は笑う。
 理子は、武偵高では『ロリ巨乳』として有名だ。つまりは、はなはだ不本意ではあるが、身長が小さい。武偵高の制服姿でなければ、いいとこ中学生といったところだろう。アリアがかつてキンジに小学生呼ばわりされたことを考えれば、ほぼ同身長の理子も(ないとは思うが)そう見られる可能性はある。となれば、あのやたらと目つきの悪い少年と一緒にいれば、ある種犯罪者と被害者のように取られかねない。やれやれ、まったくロリというのも時には考え物――――あれ?
 そこでふと、理子は大いなる疑問にぶち当たった。
 自分は今、何を想像していた・・・?
 もっと言えば。

『誰と』歩いているところを想像した?

 その答えに、たどり着いた時。
 理子の顔が、一気に真っ赤に染まったのだった。

 * * *

Scene5 『Cafe Il Sole』

 6月を間近に控えた、イタリア。
 首都ローマの街中に、とあるカフェテリアがある。
 カフェ『il sole』。日本語では、『太陽』の意味を持つ店名だ。イタリア人はよく陽気で気さくだと言われるが、そんなイタリアにおいてなお太陽のように明るい店主が人気の、隠れた名店である。
 その『il sole』のテラス席。日本と似て温暖な気候を考慮して設置されたパラソルの下に、絶世の美人の姿があった。
 神様が彫刻したかのように、完璧な比率で配置されたその顔は、まさしく名画すら越える。理知的な青みがかった瞳も、すらりと通った鼻梁も、桜色の唇も、すべてが人を惹きつける要素だ。半ばから三つ編みにされた栗色の長髪が、淡い草色のロングスカート・ワンピースを引き立てる。衣服の上からでもわかる女性らしさを強調するようなふくよかさは、母性の現れのようだった。
 道行く男は必ず彼女に目を向け、しかし話しかけることはしない。イタリアの国民性を持ってしても近寄りがたいほどに、ある種神がかった美しさだった。
 美女のシミひとつないたおやかな手が、テーブルに乗ったコーヒーカップに伸びる。ローマに住む人間にとってコーヒーとは、もはや日常生活の一部だ。日に5杯以上エスプレッソを飲む者も珍しくない。そしてそれだけに、コーヒーを主として提供する店にとって、盛隆を左右するコーヒーには力が入れられていた。
 カチャリ、とソーサーから持ち上げられたカップが鳴る。触れるかどうかというほど浅く口をつけ、一口飲む。フレーバーを使わない、エスプレッソ本来の旨みが口内に広がった。
(うん。おいしい)
 満足気に微笑む美女の姿に、店内からほうとため息が漏れる。近寄れずとも、視線は向けられていた。日系の顔立ちでありながら、同国の女性よりも視線を集めているというその事実こそが、おそらくはもっとも顕著に彼女の美を証明している。
 ――と、その時だった。
 美女が座るテーブルに近づく人影があった。なにやら両手にブランド物の紙袋や箱を抱えた、東洋人の少年である。ともすればマフィアかと思うほど悪い目つきと黒の短髪が、悪い意味でマッチしている。武偵高の制服姿でなければ、美女を狙う殺し屋(ヒットマン)と勘違いされたかもしれない。
 少年は、美女の許までたどり着くと、ドカッと乱雑に荷物をテーブルに乗せる。衝撃に、ソーサーとパニーノ(パンで具材を挟んだイタリア料理の軽食)が揺れて、美女が顔をしかめた。
「こーら。そんな乱暴だと、女の子にもてないわよ?」
「誰のせいだと思ってんですかねぇ・・・!」
 柔らかな声音の美女に、少年が青筋を立てながら返した。
 少年の怒りを受け流しながら、美女がこてんと首をかしげる。
「あら、じゃあ誰のせいかしら?」
「あんたに決まってんだろうがッ! なんで言葉のわかんねぇ俺に、買い物なんてさせてんだよ!? ボディランゲージとあんたが書いたメモ帳使ってコミュニケーション取るの、結構大変だったんだぞ!?」
「武偵憲章9条にもあるでしょ? 世界に雄飛せよって。これも勉強だと思って、ね?」
「ね? じゃねぇえええええええ! しかもこれバッグやら服じゃん! 完全にあんたの趣味じゃん!」
 なんで俺がこんなことをー! と喚きながら怒る少年に、美女はころころと愉快そうに笑う。
 それからふと何かを思いついたのか、悪戯っぽく目を細めて、
「私一応、あなたの命の恩人なんだけどなー」
「うっ・・・それに関しちゃ、感謝してるけどさ・・・」
 痛いところを突かれて唸る少年は、静かになりつつ椅子を引いて美女と相席する。
 すかさずメニューを取りに来た店員(おそらく彼も注目していたのだろう)に身振り手振りで注文を遠慮しつつ、少年が切り出す。
「それで? 香港の次はローマくんだりまで来て、次は何をするつもりなんだ?」
「あらあら、もっと遊・・・雑談しようと思ってたのに、それを聞いてくるのね。残念」
 本当に残念そうに言う美女に、再び少年の米神に井桁が浮かぶ。
 しかし、なんとか怒気を抑え込みつつ、
「なにを言い直したかは、あえて聞かねぇけど、教えてくれよ。あんたの『睡眠』が終わったら、そのまますぐ藍幇とかいう連中の飛行機でここまで来たろ。なんの説明も聞いてねぇんだ」
「うーん、そうねえ、あなたの好きなゲームに例えると・・・パーティ集めってところかしら? といっても、一人集まればいい方だけどね」
「仲間集め? 香港のも、それが目的だったのか?」
「いいえ。あれは、単純に逃亡先として、近くて都合がいいから寄っただけよ。昔のお礼としてここまで送ってもらえたのは、うれしい誤算だったけれど、最初から本命はこっち」
 美女は瞳を閉じながら、小さくカットしたパニーノを口にして、コーヒーで飲み込む。
「食べる?」と手で勧められたので、一切れ貰いつつ、
「仲間集めもいいけど、俺は早いとこ日本に帰りたいんだ。結局『あそこ』にゃ、俺の目的はなかった。不本意だった特攻が無駄に終わっちまった以上さっさと戻らねぇと、単位落として留年になっちまう」
「それは大変。私も一度弟に会っておく必要があるし、この国での用事が終わったら、一緒に日本に帰りましょ?」
「なるべく早く帰れることを祈っとくよ・・・」
 げんなりした様子で、少年は返事した。
 それからふと、美女が持つコーヒーを注視し始めた。
 視線に気づいた美女が、軽くカップを傾けつつ、
「あなたも、飲みたいのかしら?」
「うんにゃ、ただ・・・少し前のこと思い出してさ。コーヒーなんて対して詳しくもねぇのに、部屋に上がり込んでくるなり要求した、ピンクい奴が頭に浮かんだ。困った暴君だよ、あいつは」
 話の内容こそ悪しざまだったが、その表情に険はなかった。苦笑と微笑みの中間くらい、少なくとも心の底から嫌っているということはないのだろう。
 なかなか素直じゃない少年に、弟の姿が重なって、美女はもう一度微笑んだ。
 やがて軽食を終えた2人(主に美女の方が飲食していたが)は、会計を終え、『il sole』を後にした。
 もちろん、少年の両手には山盛りの買い物が存在している。前が見えづらいのかふらふらと歩く少年と、少し前を歩いて、手を後ろで組みながら穏やかに笑む美女。お嬢様とお付きの使用人に見えなくもなかった。
 荷物を取り落さないように気を付けながら、少年が抗議する。
「つーか、冷静に考えたら、なんで買い物? しかも、なぜ俺が荷物持ちだし」
「だって、せっかくイタリアに来たのよ? いいものが安く買えるなら、迷わず買わなきゃ。武偵憲章5条『行動に疾くあれ。先手必勝を旨とすべし』、よ」
「なんつー武偵憲章の曲解だよ。しかも後半の質問に対する説明がねぇ」
「そっちは、答えるまでもないでしょう? いつの時代も、女の子の買い物は、男の子が持ってあげるものよ。ほーら、がんばれ男の子っ」
「・・・これ、『睡眠』が終わったら、また恥ずかしがるんだろうなぁ」
「? なんの話?」
「いや、なんでも」
 くるりと振り返ってくる美女に対し、少年は誤魔化すように答える。
「そう?」と答えた美女は、それから楽しそうに周囲を見渡した。
 ローマは、世界でも屈指の観光地である。歴史的な建造物も多く、年間700万人を超える観光客が訪れる名所だ。しかしそれだけでなく、普通に街をぶらつくだけでも、日本人にとって十分に楽しめるだろう。そもそも建築様式がまるで違うので、街並みが日本のそれとはがらりと変わっている。コンクリートジャングルと揶揄される東京などとは違って、建物が密集しつつも、無機質な感じはしない。なんというか、普通に建っている建物の一つ一つが固有のデザインを持っているのだ。
 また、ローマには広場も多く、絵画の出展や音楽を奏でる人たちもいて、十分以上に賑わっている。これもまた、『陽気な国民性』というものの顕れなのだろう。ただ散歩するにも、目に耳に楽しい街だった。
 そんな風にローマの街を満喫しているところを邪魔するのは若干忍びなかったが、少年は訊ねてみた。
「ところで、さっき言ってた仲間集めって、どこにいくんだ?」
「ん? んー・・・『バチカン』って言ってわかる?」
「まあ、名前くらいは」
 自身の頼りない知識を掘り起こしながら、少年は曖昧に頷く。
 バチカンと聞いて一番に頭に浮かぶのは、やはりバチカン市国だろう。『世界最小の国』として有名な、イタリア国内・・・否、ローマ市内に収まる『国』だ。日本の国土の、約859分の1の面積といえば、いかに小さいかがわかるだろう。
 しかし美女は、少年の反応に困ったように眉を寄せて、
「たぶん、あなたが思い浮かべてるバチカンと、私が言ってる『バチカン』は、違うものだと思うわ。まあ、それはおいおい説明するとして・・・私たちが向かうべきは、ローマ武偵高よ。そこに、私が会おうとしている人がいるの」
「・・・マジ?」
 美女の説明のどこに反応したのか、少年は目を見開く。
「よりによって『そこ』かよ・・・」と微妙な顔をする少年。彼の事情を知らない美女は頭にハテナを浮かべたが、すぐに気を取り直し、
「さっ、少し急ぎましょうか。なるべく早く終わらせて、日本に戻りましょう? 誰かさんが留年する前に」
「いや連れまわしてるのはあんたなんだけど・・・」
 理不尽にうなだれたくなる。やらないが。
 美女はそんな少年の横に並んで、
「――それじゃあ、行きましょうか、錬」
「――あいよ、カナさん」
 美女の言葉に、少年が答えて。
 そして2人の姿は、ローマの雑踏の中へと消えていった。
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