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「偽物の名武偵」
第二章 銀氷の架け橋

24.その水平線の先へ

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偽物の名武偵、24話です。



24.その水平線の先へ

 空港というのは、いつだって人で溢れている。無論、シーズンや時間帯などによってその人数は増減するものだが、それにしても全くの無人となることはない。今や、国を跨ぐという行為の敷居はずいぶんと下がった。国内の移動のみならず、海外へと渡航する人々も増え、空港の人口はその分密になっていった。
 それはここ、ロンドン・ヒースロー空港でも同様で、むしろ最も顕著に表れているといってもいいだろう。規模にしてイギリス最大、国際線利用者数では世界一の空港である。おのずと、人の流入は多く見られた。
 今も、空港内には多くの人々が行きかっている。ごった返す、というほどではないが、しかしやはり十分な利用客で賑わっていた。
 そして、いつだってそういった環境は、人ごみが嫌いな人間には歓迎されないものである。
(しかたがないことだし、自国の施設が賑わうのは喜ぶべきことなのだろうけど、こういう人の多さはどうにも好きになれないな・・・)
 ヒースロー空港・ターミナル3。
 ヒースロー空港に5つあるターミナルのうちの一つ、その構内のチェックインエリアに、一人の小柄な人影があった。
 160cmを下回っている体躯は、イギリス人の平均的身長から見れば、若干小さいといえる。纏った灰色のブレザーのボタンに刻まれた校章から、この人物が武偵高校の生徒だとわかる。イギリスの高校生としては、その童顔と相まって少し幼く見えた。
 足元には、黒いキャリーケースが置かれている。これから旅行の予定でもあるのかもしれない。
 と、首元で切りそろえられた茶色(ブラウン)の短髪が、くいっと上げられた顔の動きに合わせて揺れた。
 まるで黒曜石(オブシディアン)のように青みがかった黒瞳が見据えるのは、構内天井に設えた電光掲示板だ。
 その中でも、視線が固定されているのは、とある一行。
 イギリス・日本間を結ぶ便名と、発着時刻の表示だった。
「ふむ・・・まだ時間はある、か」
 ちらりと、左腕につけた腕時計に目をやる。簡素なデザインの中にもところどころ洗練された意匠が見受けられ、落ち着いた高級感を醸している。少なくともこの人物は、身だしなみに金をかけられる程度には財力を持っていることがうかがえた。
 現在時刻から飛行機の出発までは幾分余裕があると知ると、くるりと踵を返し、こつこつと近くにあった柱に向かって歩きはじめた。やがてたどり着くと、そのまま背を柱に預けて、ほうと一つ息を吐いた。
(日本・・・か。まさか、こんなに早く行くことになるとは、思わなかったな。『組織』の仕事もかなり強引に片づけてしまったし・・・やっぱり、止めておくべきだったかな・・・?)
 形の整った眉がひそめられ、本人にしかわからない後悔に襲われる。
 しかし、即座にぶんぶんと首を振って、迷いを振り切るように心中で否定する。
(いやいや! ボクは決めたんだ、彼らの許にいくと。今更、引き返したりしないぞ。ボクの、と、トモダチ・・・を、あんなことに巻き込ませたままにしておけない)
 キッ、と眦が吊り上る。
 それはまるで、ここにはいない誰かを強く睨みつけているようだった。
(待っていてくれ、二人とも。必ずボクが、君たちを助け出す。『アリアから、引き離してみせる』)
 脳裏に浮かぶのは、ピンク色のツインテールをした、一人の少女の姿。
 自分の、『婚約者』の姿だ。
 しかし、それは数秒のことだった。次いで浮かんできたのは、二人の日本人だ。
 東京にいるはずのその二人は、おそらくは本当の意味で友人と呼べるたった二人だけの存在だった。共に、同い年の少年。最初にできた友達が男とはなんとも皮肉な話だったが、しかしそんなことは関係がなかった。友達、というその関係性こそが、なによりも大切なものだった。
 険しかった表情が、雪解けのように温和なものへと変わっていく。
 知らず、口元には笑みが浮かんでいた。
 そして。
 ふと視線を向けた先、一面のガラスの向こうに見えたイギリスの空を眺めながら、ぽつりと呟いた。
「元気にしてるかな・・・キンジ、レン」

 * * *

「おとなしくしなさいっ、『魔剣(デュランダル)』!」
「しているだろう。あと、その名で呼ぶなと言ったはずだ、ホームズ4世」
「じゃあ、あんたこそその呼び方やめなさいよ!」
 両手だけでは飽き足らず両足にまで手錠(足錠?)をかけようとしているアリアと、さすがに足は嫌なのかひょいひょいと手錠をかわし続ける『魔剣』――いや、ジャンヌの姿を見ながら、俺は大きく息を吐いた。
 ああ・・・やっと、終わった。
 護衛任務に始まり、白雪の誘拐に続き、『魔剣』の逮捕へと連なった一連の事件が今、ようやく終わりを告げた。
 俺はその事実を再認識しつつ、一人胸をなでおろす。
 なんとか今回も・・・生きて、終わりを迎えることができたな。
 毎回毎回、どうして俺ってやつは、こうも死にそうな目にあってるんだろうか。前回の『武偵殺し』事件では、UZI付きセグウェイに追い回されたり、撃たれて爆走中のバスから転落したり、同級生に飛行機の中で殺されそうになったり、その飛行機から落っこちたりした。で、今回の事件では水死しかけたり、首跳ね飛ばされそうになったり・・・いやまあ、武偵である以上危険とは隣り合わせとはいえ、こうも死にかけてると、自分がどこまで運が悪いのかよくわかるな、うん。
「運が悪いと言えば・・・こいつもか」
 俺は、ちらりと両手にはめた『スタングローブ』に目を向ける。
 まさか、漏電なんて不具合があったとはなぁ。いや、マジで危なかった。あれで完全に気を失ってたら、俺あそこで終わってただろうな。今度あややにはきつく言っておこう。
 とりあえず、こいつはもう仕舞っておくか。あっても邪魔なだけだし。
『スタングローブ』を手から外し、上着の内側に仕舞いながら、俺はキンジと白雪の様子を確認する。
「キンちゃん・・・私の炎、怖くなかった?」
「怖いもんか。とっても強くて、綺麗な炎だったよ。あの日の花火より、ずっとね」
「キンちゃん・・・う、うぁ・・・」
 うわーん、と泣きじゃくる白雪を、キンジは優しく慰めていた。
 一体どういう状況かよくわかんねぇが・・・まあ、あっちは大丈夫かな。
 ――さて。
 どうも、すっかり一件落着の雰囲気になっちゃいるが・・・もう一つ、やるべきことがある。
 さっきまでの、ジャンヌとの戦闘。その途中で出来た、新しい用事が。
 その用事を済ませるためにも、俺はまず、みんなの意識を集めるように少し大きな声を出した。
「あー・・・悪い、ちょっといいか?」
 俺の声に、みんなの視線が集まる。
 その中で、真っ先に口を開いたのはアリアだった。
「なによ、錬。あたし、ジャンヌに手錠かけないといけないんだけど?」
「必要ない。敗北したのは私だ。それを受け入れるくらいの矜持は持っている。だが、足はやめろ。格好悪い」
「犯罪者が、なに恰好がどうとか言ってんのよ!?」
 おい・・・なんで、またすぐ漫才に戻ってんだお前らは。
 ピキリと額に青筋を浮かべつつも、俺は怒りを抑え本題に入る。
「いいから、とりあえず聞けって。・・・悪いんだけどな、アリア、キンジ、白雪。お前ら、先に上に戻っててくれねぇか?」
 と、俺が言った瞬間、あからさまに困惑したような顔で、キンジ達は俺を見た。
 ま、そりゃそうだ。俺だって、どこの世界に確保した犯罪者を置いてその場を去る武偵がいるんだって思う。
 けど、これは必要なことなんだ。俺にとっては。
 ジャンヌを上まで連行したならば、その先で教師達に引き渡す流れになるだろう。だが、それだとそこでジャンヌと会話するチャンスが失われることになる。下手すれば、もう二度と。
 そうなる前に俺は一度、ジャンヌと話さなければならない。そして、聞き出さなきゃならねぇんだ。
 ――『ある女』の居場所を。
「どういうことだ、錬。俺たちに、ジャンヌを見逃せって言ってるのか?」
「そうじゃねぇよ。先に、って言ったろ。ジャンヌは俺が後から上に連れてく。だから、お前ら上で待っててくれ」
「どうして? 悪いけど、あたしにとってジャンヌは重要な犯人なの。あんたのことを信用してないわけじゃないし、はめたのは対超能力者(ステルス)用の手錠だから、大丈夫だとは思うけど・・・それでも、万全を期すなら全員で護送した方がいいわ」
「そ、そうだよ錬君。ジャンヌは、私たち4人がかりでやっと逮捕できた相手なんだよ? 万が一のことがあったら・・・」
 当たり前だが、武偵組はそろって難色を示している。話題に上っているジャンヌはと言えば、こちらも訝しげに俺を見ていた。
 俺のわがままに付き合わせるのは、悪いとは思う。だが、ここは退けねぇんだ。
 だから、俺は、
「――頼む。少しだけでいいから、俺を信じてくれ」
 そう言って、頭を下げた。
 結局のところ、俺はこいつらに命令できる立場なんかじゃない。どいつもこいつも、俺より優れた武偵だ。そんな奴らを従わせることは、俺には出来ない。
 だから、頭を下げる。頼み込む。友達というその関係だけを担保に、俺は自分の意見を通そうとする。
 それはきっと、正しい行いではないだろう。こいつらの優しさに付け込んで我を通そうとする、間違った行動だ。
 けれど、それでもこうするだけの理由が、俺にはあった。
 ああ・・・けど、怖ぇなぁ。アリアあたりは、またキレそうだ。せっかく戦闘が終わったってのに、今度は双剣双銃(カドラ)とのバトルですかね?
 などと、俺は冷や汗かきつつそのままでいたんだが・・・、
「・・・・・・はぁ~~~~。いいわ、わかったわよ。そこまで言うなら、ジャンヌのことはあんたに任せてあげる」
「え・・・いいのか?」
 予想外の返事に、俺は顔を上げつつ再度問いかける。
 そんな俺に、アリアはぷいっと顔を逸らしながら、
「なによ? やっぱりあたしたちが連れてった方がよかった?」
「あ、いや、そういうわけじゃねぇんだが・・・その、もっと反対されるかと思ったから」
「言ったでしょ? あんたのこと信用してないわけじゃないって。ただ、あたしは武偵としてさっきはああ言ったけど・・・パートナーのあんたにそこまでされたら、信用しないわけにもいかないでしょ。・・・ま、まあ、その、あんたもあたしのこと信じてくれたんだし」
 かあ・・・っ、と照れくさそうに頬を染めながら、アリアはぶっきら棒にそう言った。
 ああ・・・やっぱこいつ、根はいいやつなんだよなぁ。
 俺はアリアの素直ではない、しかし優しい言葉に、口元を緩めた。
 それからキンジたちの方を見ると、彼らは仕方ないとでもいうように苦笑していた。
「まあ、いいんじゃないか? どうもこのお嬢さんは、自分の戦いに誇りを持ってるようだからな。逃げ出すような無様はしないだろ」
「私は、錬君にはお世話になった側の人間だし・・・キンちゃんが言うなら、きっと大丈夫、かな?」
「お前ら・・・さんきゅな」
 俺はもう一度頭を下げて、感謝を伝える。
 そしてアリアたちは、俺とジャンヌを残し、地上へと上がっていった。ちなみに、ジャンヌから遠隔操作用のリモコンを受け取り、エレベーターは復活させている。おそらく、エレベーターでの最上階である地下2階で待っててくれているのだろう。
 ・・・さて、と。
 俺は、手錠をはめられ地面に座り込んでいるジャンヌに向き直った。
「さて、ジャンヌ・ダルク30世。悪ぃが、ちょっとだけ付き合ってもらうぜ」
「構わない。Strong is all(強さこそ全て). 4人がかりとはいえ、お前は私に勝利した強者だ。ならば、強者の言に従うことこそ、敗者の矜持。それが、我々『イ・ウー』のルールだ」
 ピクリ、と。
 ジャンヌの台詞の中に出てきたある単語に、俺の眉が動いた。
 やっぱりな。ジャンヌの口から『あいつ』の名前が出てきた時から、そうじゃねぇかとは思ったが・・・こいつ、『イ・ウー』とかいう連中のメンバーか。
 ――それでいい。
 ジャンヌの所属が明らかになったことで、俺がこいつを残した意味も確定した。
「そうかい、じゃあ答えてもらおうか、ジャンヌ。お前――峰理子を、知ってるか?」
 ――峰理子。
 俺のクラスメートであり、そして同時に犯罪者でもあった、俺の友達の名だ。
 約1か月前に起きた、ハイジャック事件――それに連なる、『武偵殺し』事件。その、犯人でもある。
 その理子の名を、こいつは呼んだ。名前の響きだけなら、リコなんてよくある名だが、そこに『イ・ウー』という組織が絡んでくるなら話は別だ。
 なぜなら理子が所属している犯罪組織こそが、その『イ・ウー』なのだから。
 ジャンヌは、つまらなそうに鼻を鳴らして、
「愚問だぞ有明。お前も理子が『イ・ウー』に所属していることは知っているだろう? 私と理子は同期だ。無論、知っているとも」
「・・・そうか。なら――」
 ――さあ、ここからだ。
 ここからが、俺がジャンヌと話す時間を作った、その核心だ。
 俺は、しっかりとジャンヌの瞳を見据え――

「――俺を、お前らの本拠地に連れていけ」

 そう、言ってのけた。

 * * *

「・・・なん、だと?」
 と、俺の言葉を聞いたジャンヌは、眉をひそめつつ問い返した。
 しかし、それは俺の言葉が聞こえなかったからじゃないだろう。むしろ、聞こえたからこそそう言ったはずだ。
「・・・もう一度、言ってみろ」
「俺を、お前ら『イ・ウー』とやらのアジトに連れてけっつったんだよ。いや、もっと正確に言えば、理子が居る場所に、だ。あいつは最後に見た時、ボストーク号とかいう潜水艦に入っていった。そして、それを本拠地だとも言った。てことは・・・いるんだろ? 理子は、あの潜水艦に」
「・・・理子の居場所を知ってどうする? 『武偵殺し』の件の復讐でもする気か?」
 もともと鋭いジャンヌの目つきが険しさを増す。俺が、こいつの仲間を害そうとしているとでも思ってるんだろうな。
 だが、違う。俺の目的は、そこじゃねぇ。
 だから俺は、素直に否定し――そして、本当の目的を口にした。
「――いいや、助けにいくんだ」
「・・・・・・は?」
 ぽかん、と。
 その瞬間、ジャンヌはいままでで一番呆けた顔つきになった。
 ああ、その反応は全く持って正しい。俺自身、自分で自分が言った言葉がどれだけアホなことかはわかっているつもりだ。
 でも、駄目だ。俺は、こうしなければならない。
 なぜなら、俺は聞いてしまったからだ。あの、ハイジャック事件の時。理子に撃たれて気絶するその間際、「助けて」という理子の言葉を。
 聞き間違いかもしれない。朦朧とした意識が生み出した幻聴かもしれない。
 ――それでも。「助けて」と言われたら、俺はそれを無視できない。昔、約束したんだ。『助けを求めた子を助けてあげて』とそう言われ、俺は『任せろ』とそう言った。
 だから俺は、助けに行くんだ。理子を苦しめている、『何か』から。
 ・・・ずっと、考えていた。理子が俺の周りから消えたあの嵐の日から、頭の片隅で、あいつを助ける機会が来ることを。
 その機会が、今だ。これを、逃すわけにはいかねぇ。
「・・・お前は、知っているのか? 理子を取り巻く『事情』を」
「知らねぇよ、そんなもん」
「では、なぜ助けに行くなどと言うのだ。理子は、犯罪者だぞ」
「それも知らねぇな。あいつは、犯罪者の前に俺の友達だ。友達に、助けてと言われた。だから、助けるんだ」
 俺は、未だ険の残るジャンヌに、まっすぐに言い放つ。
 ジャンヌはそれでもしばらく俺を睨んでいたんだが・・・やがて、大きくため息をついた。
「・・・はぁ。どうにも、本気らしい。理子が言っていた意味がわかったよ。『有明錬は、誰よりも仲間に優しい』・・・か。お前はまだ、理子を仲間と思っているのだな」
「当たり前だろ。あいつは、友達だ。犯罪者でも、それは変わらねぇよ」
「そうか・・・お前は、友という理由だけで動けるのだな。・・・少し、理子が羨ましいな。私にも、そういう友がいればと、少し考えてしまう」
 わずかに目を伏せ、困ったようにジャンヌは微笑した。
 こいつ・・・、
「ジャンヌ、お前ひょっとして・・・ぼっちなのか?」
「ぼっち言うなっ!? 私にだって友くらい・・・い、いやそういえばどうなのだろう? 私は理子や桃子を友と思っていたが、あいつらからそう言われたことはあっただろうか。あいつらの中で私はただの仕事仲間なんじゃあ・・・? あれ、もしかして、私友達いない?」
 なにやら途中からぶつぶつ言いだしたジャンヌ。なにこいつ怖い。
 やばい、なにやら地雷を踏みぬいた感じがする。
「あー・・・悪い。なんか、ゴメン」
「そこで謝るな! 余計みじめになるだろう! ・・・というか、いいのだ別に。私たちダルクの一族は影の一族。友など、そもそも作りようがない。なにせ、世間とのかかわりを断っていたのだからな」
 ふっ、とジャンヌの表情に影が差す。
 俺を殺しかけたこいつに同情するわけじゃねぇが・・・いろいろあるんだろうな、こいつにも。
「だからこそ、理子に嫉妬してしまうのだ。自分のために命を懸けてくれるような友・・・そんな存在が欲しくないと言えば、嘘になる」
「・・・・・・」
 遠い目をして語るジャンヌ。
 そんな、寂しげな彼女の様子が、まるでいつかのアリアのように見えて・・・気づけば、つい口走っていた。
「あー・・・その、まあなんだ。お前が俺の友達だったら・・・そんで、お前が助けてくれって言ったなら、そん時は多分俺はお前に手を貸すと思う。だから・・・今度会ったら、そん時は友達になろうぜ」
 がりがりと頭をかきながら、俺はジャンヌにそう言った。
 ・・・なに言ってんだかなぁ、俺。アリアの姿がダブったからか、つい悲しませたくなくて、言っちまった。俺、最近あいつにどんどん甘くなってる気がする。
 まあ、どうせこれが終わったらもうジャンヌに会うこともねぇだろう。だったら、もしこいつが出所したとき俺に復讐に来ないように、機嫌を取るのは悪いことじゃねぇはずだ。うん、そういうことだ、きっと。
 しかし、そんな俺の思惑など知らないジャンヌにとってこの言葉は予想外だったようで、
「はっ・・・くっ、くくっ。あはははははっ! 命を狙った私に対して、友誼を結ぼうと言うのか、お前は! ふっ、くくっ・・・面白いやつだな、お前はっ」
 なんか、爆笑されました。
 こいつ・・・! さっきまでの落ち込み様はなんだったんだ・・・!
 額に青筋を立てる俺に、ジャンヌは目じりに浮かんだ涙をぬぐいながら(どんだけ笑ってんだ)、
「なるほど。もう一つ、理子の言葉がわかったよ。『味方に甘く、敵に厳しい』。敗北した私はすでに、お前の中の敵と言うカテゴリーから外れているのだな」
 いや、敵だよ? 普通に殺されかけたのは怒ってるよ?
 しかしまあ、それをぶちまけて機嫌を損ねるのはよろしくない。ここはぐっと堪えておこう。
 と、ジャンヌは戦闘中にはついぞ見ることのなかった笑顔を向けながら、
「敗者はただ勝者に従うのみ。いいだろう、私が学園島に侵入する際に使った小型潜水艇の隠し場所をお前に教えよう。中に入れば、一際目立つ赤いボタンがあるはずだ。それを押せば、自動的に本拠地であるボストーク号まで自動操縦(オートパイロット)で潜航してくれる」
「なるほど、そうやってお前ここまで来たのか・・・つーか、随分簡単だな」
「イ・ウー(うち)に、機械オンチの古臭い人物がいてな。そいつのために、技術屋が全自動潜航機構(フルオート・コントロールシステム)を備え付けたのだ。随分苦労したそうだがな」
「すげぇな、そりゃ・・・で、肝心の場所は?」
「お前らが、『看板裏』と呼ぶ場所があるだろう? そこの岸に潜水させてある。――これを持って行け」
 そう言ってジャンヌは手錠付きの手で鎧の隙間から何かを取り出し、俺に向かって放り投げた。
 キャッチしてみると・・・なんだこりゃ? 小さな箱の真ん中に、ボタンが一つだけついた・・・リモコンか?
「そのボタンを押せば、浮上するようになっている。便利だろう」
「お前が言った機械オンチってどんなやつだよ・・・簡略化しすぎだろ」
 しかし、これでようやく聞きたいことは聞けた。とりあえず、こいつの話の真偽を確かめに、その場所まで行ってみるか。
 今後の予定を立てる俺に、ジャンヌが固い声で忠告する。
「有明。イ・ウーは、真の意味で人外魔境だ。立場上、これ以上イ・ウーの不利益になることは言えんが、おそらくお前が本気で理子を助けるつもりなら、『ある怪物』とぶつかることになるだろう」
「ある怪物?」
「そうだ。それこそが、理子を縛る元凶であると言っていい。理子を解放したければ、そいつを倒さなければならない。・・・だが、奴は強い。桁外れにな。私相手に4人がかりでようやく勝利できるようならば、勝ち目はない」
 ジャンヌの言葉に、俺は唖然とする。
 こいつ一人相手でも、あんだけ死にかけたってのに、そのジャンヌが桁外れとまで呼ぶ相手。一体、どんなやつなんだ・・・。
 しかし、戦々恐々とする俺に、ジャンヌは言った。
「勝てない・・・はずなのだが、な」
「え・・・?」
「ふふっ・・・なぜか、お前ならばとどこかで思っている私もいるのだ。お前ならば、理子をやつから救い出せるのではないか、とな」
「ジャンヌ・・・」
「せいぜい、武運を祈ろう。私は、イ・ウーのメンバーだが、理子を友と思っており・・・お前とも、友になるようだからな。――生き残れ、有明錬。私の友を名乗るなら、それくらいしてみせろ」
 と、ジャンヌは挑戦的な瞳で俺を見つめた。
 ・・・せ、戦闘が必須なのか。俺は、助けるとは言っても、攫ってくる方向で考えてたんだが。
 まあ、とにかくだ。
「――ああ。死ぬつもりは一切ねぇよ」
 そう、死ぬつもりはない。死にたくねぇからな。単純だろ?
 だから、俺は必ず生きて帰る。そんでまた、みんなと笑ってやる。
 そんな決意を胸に秘め・・・俺はその場を静かに去るのだった――

「・・・・・・って、待て待て有明私を置いてどこへ行く?!」
「・・・あ、忘れてた」

 * * *

 夾竹桃(きょうちくとう)、という少女がいる。
 喪服のように黒いセーラー服を身にまとい、同じく漆黒のストレートヘア―を靡かせる。おかっぱにされた前髪の隙間から、退廃的な光を放つ黒瞳が覗く。艶のある黒髪を飾る大きな花のリボンと、小洒落た左手の手袋が可愛らしくもあったが、全体的に暗い雰囲気を備えた少女。
 それが、夾竹桃という少女であり。
 元『イ・ウー』メンバー『魔宮の蠍』と呼ばれる犯罪者でもあった。
 彼女は今からおよそ一か月前、峰理子、ジャンヌ・ダルク両名と共に、『GGG(トリプルジー)』という作戦に参加していた。その目的は、各々がターゲットにしている少女の誘拐。夾竹桃でいえば、東京武偵高1年・間宮あかりの捕縛がその目的だった。
 しかし、夾竹桃はあかりを筆頭にした勢力に敗北を喫し、以後東京武偵高の監視下に置かれている。
 それは。
 無論、今でも変わっていない。
「はぁ・・・退屈だわ」
 学園島、第7ブロック。現在開催中のアドシアードの主要競技会場からは離れ、人通りの少ないこの地区を、夾竹桃は一人歩いていた。
 しかしそれは、学園島からの解放を意味しているわけではない。こうしている今も、おそらくどこかしらから監視はされているだろう。すでに司法取引に応じ一応の釈放はされてはいるが、『イ・ウー』のメンバーを野放しにする道理は無かった。
 当然島から出ることも許されていない。これ以上の待遇を目指すならば、たとえば東京武偵高の生徒となり学園の貢献に従事するなどという手もあるが・・・少なくとも、今そうする気は夾竹桃にはなかった。現状で大きな問題はないし、なにより司法取引で漫画を描くことは許されているのだ。であれば、なんの問題もない。
 しかし人間、一つのことだけでは満足できないようにできているもので・・・夾竹桃もまた、自らが持つ『もう一つの趣味』につい手を出してしまっていた。
「どうしようかしら・・・これ」
 そういって夾竹桃がセーラー服のポケットから取り出したのは、1発の銃弾だ。一般的な9mm弾に見えるが・・・しかし、弾頭が紫色をしていた。
 この銃弾の名は、『有毒弾(ポイズン)』。
 人体への着弾と同時に弾体が破裂し、内部に収められた有毒物質を体内にまき散らすという、恐るべき弾丸だ。実際、武偵の間で出回っている弾丸ではあるが、その使用には武偵法により大きく制限がかかっている。
 ではなぜそんなものを夾竹桃が持っているか? それは、彼女が持つ性質が大きく関わっている。
 ――『毒使い』。数多の毒を操り、自身の体内にも83種の毒を持つという、生粋の毒殺者(ポイズンキラー)。それが、夾竹桃のスタイルだ。
 そんな彼女が、ある日学園島を今日のようにぶらついていると、一人の小柄な――訂正、小柄すぎる女子生徒と遭遇した。
 平賀文と名乗ったその少女は、持ち前の人懐っこさで、見知らぬ制服を着た夾竹桃にどんどん話しかけていった。また、男よりも断然(強調)女の子の方が好きだった夾竹桃、加えて庇護欲を誘う文の容姿に、彼女はぺらぺらと自分のことを話していた。もちろん、イ・ウーのメンバーというところは除いてだが、毒使いであることは明かしていた。
 そしてつい最近、同じ毒使い(と思っていた)あかりの中距離打撃破壊技により敗北したことも。それに付随して、自分の中距離における攻撃手段が、自慢の毒ではなく無粋な機械兵器のみだということもまた、夾竹桃は語った。
 すべてを聞き終えた文は、「ふむふむふーむ」と何度か頷き、そしてこう言った。
「機械兵器の使用にそんなに抵抗がないなら、いっそのこと毒と融合させてみたらどうですのだ?」
「・・・?  どういうことかしら?」
「『有毒弾』って知ってますのだ?」
「・・・なるほど。聞いたことがあるわ。私自身に銃弾を作る技術がなかったから諦めたけど」
「ふっふーん、そこはこの天才あややに任せるのだ! 弾体はあややが作るから、毒はとーちゃんが提供してほしいのだー」
「と、とーちゃん? また変なところをあだ名にしたわね・・・まあ、いいわ。けれどいいのかしら? そんな犯罪まがいの銃弾を作って。簡単に言ってるけど、毒を使うのよ?」
「だから、相手の動きを止めるだけの毒なら協力するのだ。絶対に殺さず、でも必ず行動不能にする。そんな毒は、作れないですのだ?」
「・・・言うじゃない、文。これは毒使いとしての私に対する挑戦と受け取るわよ」
 かくして、夾竹桃の挑戦が始まった。
 絶対に殺さず、かならず行動不能にする、そんな絶対的な王のごとき毒。夾竹桃は、そこにさらなる完璧性を求めた。人間のみならず、彼女が知る限りのあらゆる生物を、行動不能に陥らせる究極の麻痺毒を作り上げた。
 そして平賀文と共同で生み出した彼女たちだけの『有毒弾』――その名を『毒の王弾(バジリスク)』は完成した。
 ・・・完成したのは、よかったのだが。
「・・・そもそも私、銃の携帯は許可されてなかったわ」
 と、いうわけである。
 作っている時はテンション上がって見落としていたその事実に行き当たった時、夾竹桃はこの弾丸をどう扱うべきか悩んだ。このまま自分が持っていても、宝の持ち腐れである。使われない毒など、全くもって意味がない。毒は、毒してこそ最も輝くのだ。
 では、使える者――この場で言えば、武偵に譲るべきか? 別にすでにイ・ウーから離れた夾竹桃的にはそれでもよかったのだが、では誰に? 自分が知る武偵は少ない。文は非戦闘員だし、あかりたちはこんな弾丸は好まないだろう。まさか、教師が使うわけがあるまいし・・・いや、自分を尋問した綴梅子とかいう教師なら嬉々として使いそうだが。
『毒の王弾』を再度ポケットにしまいつつ、そんなことをつらつらと考えていた時だった。
 ――ドン、と。丁度曲がり角で、夾竹桃は誰かにぶつかった。
 考え事をしていたことで、思わず尻もちをつく夾竹桃。その際に無言だったのは彼女らしかった。
 そんな夾竹桃に、前方から慌てたような声がかかった。
「わ、悪ぃ! ちょっと考え事してて・・・大丈夫か?」
 夾竹桃が顔を上げると、そこには一人の男子生徒がいた。
 やたらと鋭い目つきをした、しかし夾竹桃視点で普通の少年。彼は、こちらに向けて手を差し伸べていたが、夾竹桃はそれを無視して自分で立ち上がる。
「別に、大したことはないわ。気にしなくていいから、早く行きなさい」
「あー・・・いやでも、一応俺が悪かったんだし、なんか詫びを――」
「早く行きなさい、と言ったのよ」
 ぴしゃり、と言い放つ夾竹桃に、少年はたじろぐ。
 その態度がまた、夾竹桃をいらつかせる。そもそも、彼女は男が嫌いなのだ。だからと言って同性愛者というわけでもないが(というか恋愛経験そのものがないが)、男は必要ないと思っている。少女たちの咲き乱れる友情や愛情に、男は邪魔なのだ。
 そんなわけで、普段よりさらに一段階冷たい声の夾竹桃に気圧されたのか、少年は躊躇いがちながらも、
「そ、そうか・・・じゃあ、悪ぃけど、俺も用事あるから行くな。ほんと、悪かった!」
 つまらなそうに視線をそらす夾竹桃の視界の端で、少年は踵を返し去って行く。
 ――本来なら。
 ここで、話は終わるはずだった。
 しかし、そうはならなかった。視界の端・・・そのさらに端、少年のポケットから飛び出している物を見た瞬間、夾竹桃の両目は大きく見開かれた。
 そして彼女は、慌てたように少年を呼び止めた。
「ま、待ちなさいっ!」
「あん?」
 言葉通り、少年は立ち止まり、こちらに振り返ってきた。しかし、夾竹桃の目に入っているのは、少年の腰元にある物だけだ。
 夾竹桃は『それ』をガン見しながら、震える指で指し示した。
 そして、
「それはひょっとして・・・『聖乙女伝説』の聖(ひじり)の、それもプレミアムキーホルダーかしら・・・?」
 と、唇をわななかせながら尋ねた。
 問われた少年は、一瞬「え・・・」と放心していたが、すぐに気を取り直し、慌てて夾竹桃に駆け寄ってきた。
「お前・・・お前、知ってんのか!? あの作品!?」
「ええ・・・ええ、もちろんよ。もちろん、知っているわ」
 仲間内では男嫌いで通っている夾竹桃が、爛々とした目で少年を見返し、あまつさえ会話に興じている。これだけでもう『イ・ウー』メンバーが見れば驚天動地だったろうが、そこには理由があった。
 ――『聖乙女伝説』。
 今からおよそ20年以上前に連載されていた、漫画の名だ。当時は、アニメ化までされたヒット作品である。
 そして同時に、夾竹桃が生まれて初めて読んだ漫画でもあった。今でこそ夾竹桃は立派なオタクと化していたが、当時興味が全くなかったころ、理子が戯れで、大安売りで手に入れたこの本を夾竹桃に進呈したという過去があった(ちなみに理子は一切楽しめなかったらしい)。
 そこで夾竹桃は覚醒。少女たちの戦い、友情、それらを時に熱く、時に切なく、そして時に甘く描いたこの作品を契機として、夾竹桃はこの道に走り幅跳び並みの勢いで踏み込んだ。
 そういう、夾竹桃にとって何より思い入れのある作品なのだ。憎らしいことに、連載当時、そして10年ほど前の再燃のときも、少女たちよりもサイドストーリー的な男たちの物語が評価されていたのは腹立たしいが、それを抜きにしても夾竹桃一押しの逸品である。
 10年ほど前の再フィーバー時に、10周年記念としてプレミアムキーホルダーが作製されたのは知っていたが、まさかこの目で見れる日が来ようとは思いもしなかった。
 だが、現実としてそれはある。目の前に、主人公『聖』のプレミアムキーホルダーが、存在している。
 夾竹桃は、そろそろとそのキーホルダーに手を伸ばし、
「その・・・よかったら、そのキーホルダーよく見せてもらってもいいかしら?」
「ん? ああ、いいぜ。ほら」
 そういって少年はポケットからキーケースを取り出した。例のキーホルダーはそこに付いていたらしい。
 キーホルダーを受け取った夾竹桃は、それをじっと観察する。
 それは、クオリティだけを見るなら、やはり年代相当の精度の出来だったが、しかし間違いなくそれは聖の姿を映し取っていた。
 反射的に、目の前の少年を毒してでも奪いたくなるが・・・しかし、それはしない。同じ作品を愛する者として、そんな無粋な真似は到底できなかった。
 一通りキーホルダーを鑑賞し終えた夾竹桃は、それを少年に返しながら、
「ありがとう、いいものを見せてもらったわ。これを、どこで?」
「ああ、俺の後輩がくれたんだ。この作品のこともそいつに教えてもらったんだが、すっかりハマっちまってさ。それを伝えたら、その後輩が持ってたこのキーホルダーをくれたんだよ」
「そう・・・いい後輩を持ったわね。――ところで、少し時間はあるかしら? この作品のファンに会うのは初めてなの。よかったら、この作品の魅力について語り合いたいのだけれど」
「え? んー・・・そう、だな。あれの確認はそんなに急いでるわけじゃねぇし・・・少しなら、いいぞ」
 こちらの提案に乗ってきた少年に、夾竹桃は満足げに頷く。
 実のところ夾竹桃がこうして自発的に誰かと会話しようとするのは珍しく、なおかつ相手は男だ。普段ならあり得ないことだが、もはや人生を変えたとも呼べる作品の、初めて出会う同好の士に、夾竹桃のテンションは見た目ではわからないが相当に上がっていた。
 立ち話もなんだから、と近くのベンチに並んで座り、夾竹桃は口火を切った。
「さて、さっそくなのだけれど・・・あなたは、『聖乙女伝説』のどこが好みなのかしら?」
「もちろん、バトルシーンだ・・・と言いたいところだが、俺はそうじゃねぇと思ってる。キャラ同士の交流から生まれる心の機微こそが、あの作品の神髄だ」
 ――こいつ、解っている。
 夾竹桃は、一瞬でそう判断した。
 確かにバトルシーンこそが、一番派手でわかりやすい魅力だろう。実際素晴らしい出来だし、夾竹桃はそこも気に入っている。しかしより重要なのは、そうした戦いを通して、あるいは日常的な場面で育まれていく少女たちの友情や愛情の方なのだ。男のファンは、男臭くもバトルにしか目を向けない者が多いが・・・どうやらこの少年はそんな表面的な目線では見ていないようだ。
「非常に同感よ。命をかけた戦いの刹那輝く、絆、愛。それこそが、あの作品を無二の大作へと昇華させているわ」
「だな。特に、76話のあのシーン知ってるか? 敵の攻撃から身を挺して仲間を庇った後の、あの会話。泣けるどころの騒ぎじゃねぇよ・・・」
「ああ・・・あそこね・・・」
 二人、急にしんみりとした声で語り合う。
 原作76話「友との別れ」。この話において、聖の親友である玲子(れいこ)は、敵の凶刃から聖を庇い、召されることになる。その際に交わした別れのシーンは、いつ見ても夾竹桃の涙を誘った。
 今も若干瞳を湿らせながら、夾竹桃は思う。
 ああ・・・やはり、いい。自分が好きなものを語り合えるというのは。
 理子は残念ながら『聖乙女伝説』に興味を持たなかったようだが、今日こうして同士に会えた。人生は一期一会とはいうが、こういう出会いなら大歓迎である。
 さて、向こうがお気に入りのシーンを出したのだ。次はこちらの番だ――と意気込む夾竹桃だったが、そこに一本の電話が入る。
 相手は、尋問科(ダギュラ)担当教師・綴梅子だった。内容は、「お前のお仲間が捕まったから、尋問科専門棟まで来い」というものだ。
(ジャンヌ・・・あの子、捕まったの。これで『GGG』作戦は総崩れ、か)
 内心でそんなことを考えつつ、夾竹桃はひとつため息をついて、少年に向き直る。
「ごめんなさい。こちらから呼び止めておいて悪いのだけど・・・ちょっと急ぎの用事ができてしまったわ。名残惜しいけど、お別れの時間よ」
「そっか・・・いや、こっちこそさんきゅな。少しだったけど、話せてよかったぜ。俺の周りでファンのやつ、さっき言った後輩しかいねぇからさ」
「また会えたら、その時はゆっくり話し合いましょう。同じ(少女たちの)友情と愛情を好む者として」
 そう言って、夾竹桃は立ち上がり、少年に『右手』を差し出す。左の毒手ではなく、まっさらな右手を。
 さきほどとは逆の構図。しかし今度は、少年が同じく立ち上がって手を握り返したことで、握手の形と成った。
 そしてその手が離れ、夾竹桃がこの場を離れようとしたところで――
「あ、待ってくれ。――ほら、これやるよ」
 と、少年がキーケースからキーホルダーを取り外し、夾竹桃に差し出した。
「え・・・そんな、だって、これはあなたが後輩からもらったものでしょ? しかも、それがどれだけ価値があると・・・」
「わかってるよ、んなこと。けどな、俺だってこいつは後輩から受け継いだもので、もう長いこと大事にしてたんだ。今度は、お前が大事にしてやってくれよ。たぶん、俺よりお前の方があの作品のこと好きそうだからさ・・・そっちの方が、いいと思うんだよ」
 そう言って、少年は夾竹桃の手にキーホルダーを握らせる。
 夾竹桃は、手の中に納まるキーホルダーを見つめながら思う。
 ああ・・・これが、ファン同士の交流か。こんなにも、心温まるものなのか。
 少年の申し出は、素直に嬉しい。しかし、夾竹桃にはこれに見合ったものが返せない。漫画以外のグッズを持っていない夾竹桃には、対価となるものが思い浮かばない。
 だが――ふと、思いついた。
「ねえ・・・あなた、武偵よね?」
「あ? まあ、そうだけど・・・それが?」
「だったら、これを上げる。このキーホルダーには遠く及ばないけれど・・・私の自信作よ。いつか、これがあなたの窮地を救うことを祈っておくわ」
 そして夾竹桃が少年に渡したのは、『有毒弾』・『毒の王弾』だった。
 この少年なら、夾竹桃渾身の毒を託してもいい。そう思えた。
「え・・・なんだこの弾丸、なんか弾頭が紫色してるぞ? おい、これなんの・・・あれ?」
 少年が顔を上げた時、そこに夾竹桃の姿は無かった。
 彼女はすでに、この場を離れていた。弾丸の説明をしなかったのは、『有毒弾』という性質を嫌って突き返される可能性があったからだ。押し売りに近いが、こうでもしなければ礼ができないと夾竹桃は考えたのだ。
 ちゃり、と夾竹桃は眼前でキーホルダーを揺らす。
 そして、彼女を知るものならば誰もが驚くような、明るい笑顔を浮かべたのだった――

 * * *

「うーん・・・結局なんなんだ? この弾丸?」
 俺は手のひらの上で転がっている弾丸を見ながら、そう呟いた。
 ジャンヌを地下から地上に連行し、アリアたちと合流した俺は、その流れで教師たちへの報告とジャンヌの引き渡しを行った。教師連中、珍しくほっとしてたな。それだけ、白雪の価値は大きいんだろう。
 で、それが終わった後、俺はジャンヌから教わった情報を確かめるため、『看板裏』と呼ばれる、レインボーブリッジに向かって立てかけられた大きな看板を目指した。もちろん、アリアたちには怪しまれたが、なんとか誤魔化して抜け出した。悪いが、事情聴取はあいつらに任せよう。
 で、その途中なにやら全身真っ黒い印象の少女とぶつかってしまった。幸い怪我はなかったそうで、俺はその場を離れようとしたんだが・・・その少女が俺のズボンのポケットから飛び出していたキーホルダーを発見したことで、事情は変わった。
 いやー・・・まさか、『聖乙女伝説』のファンが学園島にいたとはなぁ。俺は、後輩の朱鷺(とき)ってやつに勧められてアニメだけ見たことがあるんだが、すっかりハマっちまったよ。
 いや、おそらくメインであろう主人公や他の女キャラの話は割とどうでもよかったんだが、サブキャラとして描かれていた男キャラたちの話がすげぇいいんだよ。特に、『アニメ版』76話で、主人公パーティ唯一の男キャラを、旅の途中で知り合った男が命がけで助けた後のシーン。これの話を少ししたんだが、あそこはホントによかった。
 しかし、あの子ひょっとして普通に女キャラたちの話の方も好きだったんだろうか。やたら聖のキーホルダーに食いついてたし。あまりに熱心に見てたもんだから、ついあげちまったけどさ。俺、別に聖は好きでもなかったし。
 あー、でもあれ結構価値あるんだよなぁ。ネットオークションじゃ高値で取引されてるらしい。まあ、そこは残念っちゃ残念だが・・・ま、俺より好きな奴の手にあったほうがあのキーホルダーも幸せだろ、うん。
 で、おそらくはそのお礼としてなんか変な弾丸をもらったんだが、これの説明がないままあの女の子は消えていた。
 だけど、まあくれるというならもらっておこう。最近金欠ぎみだからな。弾丸の1発とはいえ、無駄にはできねぇ。
「――っと。こんなことしてる場合じゃなかった」
 早いとこ、ジャンヌの言う潜水艇を探しにいかねぇとな。
 ・・・いや。その前に、一度火薬運搬係の控室に行こう。俺の武装、全部あそこに置いてきたからな。まあ、ねぇとは思うが万が一ジャンヌの言葉が罠でやつの仲間が待ち伏せしてた場合に備えて、戦闘準備は整えておかねぇと。
 というわけで、俺は一度寄り道し、拳銃やその他もろもろの武装を装備しておいた。よし、これで戦闘になっても、少しは戦えるだろう。
 そして、再び向かった『看板裏』。ここは看板と体育館に挟まれた細い通路だ。当然そんなところに人気は無く、なるほど潜入にはもってこいかもな。
 さて・・・とりあえず、誰かが襲ってくる様子はない。
 じゃあ、チャッチャと用事を済ませようか。そろそろ日も落ちる。なるべく早いとこ終わらせよう。
 というわけで、俺は近くの岸辺に立ち、海を覗き込む。
 夕日を照り返し、橙色に光る浪間を見ながら、俺はジャンヌから借りた例のリモコンのボタンを押してみる。
 すると――鈍いエンジン音のような異音と共に、徐々に水面に黒い影が浮かび上がってきた。
 いや・・・違う。影じゃねぇ。浮かんできてる船体そのものが黒いんだ!
 ザッッパァアアアアッ! と波を割りながら浮上してきたそれは、一見して潜水艇には見えなかった。全体的なフォルムとしては、三角錐に近い。ロケットとか・・・もしくはミサイルみてぇに見える。いや、まさかミサイルはねぇだろ。さすがに。
 俺がその異様にたじろいでいると、上部のハッチがパカリと開いた。なるほど、ここから乗り込むのか。
「すげぇもんで来たんだな、あいつ・・・」
 よくもまあ、こんなヘンテコな潜水艇で来たもんだ。ジャンヌは。
 しかしこれで、あいつが言ってることは正しかったことが証明された。どうやら、本当に隠し場所を教えてくれたらしい。
 本当なら、とりあえずの確認は終えたし、一度帰ってもいいんだが・・・せっかくだから中も見とくか。例の、『赤いスイッチ』とやらも確認しときてぇし。
「よ・・・っと。かなり狭ぇな、これ」
 さっそく中に乗り込んで見ると、本当に狭い。これは、多分一人用の潜水艇なんだろう。速度計とか深度計とか・・・計器類が周囲を埋め尽くしていて、無理したって二人は入れないだろう。
 そして、乗り込んだ時に正面を向くとちょうど見えるように、一際でかい赤い丸ボタンがあった。なるほど、ジャンヌが言ってたのこれか。
 見ると、ボタンの横には「パトラ用」と書かれている張り紙が貼り付けてあった。なんで日本語で書いてんだ、これ?
 だが、まあ・・・これで、はっきりした。この潜水艇を使えば、『イ・ウー』の本拠地に・・・理子の場所に行ける。
 それ自体はいいんだが・・・、
「しかし・・・どうすっかな。一人用か、これ・・・」
 申し訳程度に作られた背もたれに身体を預け、俺は嘆息する。
 ――そもそも、だ。
 なぜ俺がキンジ達を先に行かせて、たった一人でジャンヌから本拠地について聞き出したのか。その理由を、そろそろ語ろうと思う。
 まず第一に、あのままジャンヌを連行してしまっていた場合、この潜水艇の情報を先に手に入れるのは、間違いなく教師や武偵局の連中だろう。
 だが、それはマズイ。そうなれば、確証はねぇが、やつらはその情報を元に犯罪集団である『イ・ウー』に攻め込むはずだ。おそらくは、理子もまとめて・・・逮捕ないし、抵抗された場合には殺害によって『イ・ウー』を壊滅させようとするだろう。
 そこが、認められない。あいつがやったのは確かに犯罪行為だから、逮捕されるのは仕方ねぇかもしれねぇ。だが、殺されるのは見過ごせない。『助けて』と言われた以上、俺は生きてあいつを連れ戻さなきゃならない。たとえそのあとに、牢獄が待っていても、だ。
 第二に、あの場にはキンジとアリアがいたからだ。あの二人は、理子に対していい感情は持っていないだろう。二人とも殺されかけただけでなく、アリアは『オルメス』の因縁、そしてキンジは、詳しくはわかんねぇがあいつの兄である金一さん絡みで何かあったらしい。
 そんな二人が、理子の居場所なんて知ってみろ。キンジはともかく、アリアは猪突猛進にその場に向かうだろう。無論、理子を敵と見定めた上で。そして、それは俺の意向とは決定的に食い違っている。
 だから俺は、一人でジャンヌと話をした。あの時の面子ではおそらく唯一、理子の味方に立ってやれる位置として。
 しかしとはいえ、理子やジャンヌみてぇな連中がいるであろう『イ・ウー』に一人で乗り込む気は無い。そんなことをしたって、返り討ちに遭うだけだろう。
 だから俺は、時雨や『10(ディエーチ)』メンバー、東京武偵高『前』生徒会役員など、あるいはキンジたちより付き合いが長く信頼している連中に声をかけ、少数精鋭での電撃作戦を考えていたんだが・・・肝心の移動手段がこれじゃ、な。
 仕方ない。とりあえず、あややあたりにこいつの解析を頼もう。自動で戻れるってことは、なにかしらの機能で常に本拠地の位置を特定し続けているはずだ。そこの部分を知ることができれば、別の移動手段で本拠地に向かうことができる。
「じゃあ、まあ・・・とりあえず、帰るか。さすがに疲れたしな」
 ふあ・・・っ、と口から欠伸が漏れる。波に揺られてるせいか、なんか疲れも相まって眠くなってきた。
 しかし・・・気になるな、この赤いボタン。
 俺は、ちらりと眼前の赤いボタンに目を向ける。なんというかこう・・・そこはかとなく、押してみたくなる。いやもちろん実際にはしねぇけど、こうもあからさまに強調されたら・・・なあ?
 しかも、ジャンヌの言葉通りなら、全自動潜航機能だと? 男心がくすぐられるだろ、そんなの。
 ・・・変形、とかしねぇかな。
 そろそろそろ、と俺の指が無意識に赤いボタンに伸びる――って、危ねぇ!? なにやってんだ俺は!?
 慌てて指を離す。危うく、ロマンに負けて押すところだった。なんせ、あのまま押してたら、俺はこの潜水艇で一人、敵の本陣に乗り込むことになってたからな。誰がそんな真似するかよ。絶対したくねぇ。
 ――と、その時だった。
 プゥー・・・ン、と耳元で耳障りな飛行音が聞こえた。
 げ、海沿いのくせに蚊が飛んでやがるよ。珍しいな。潜水艇の中に入ってきやがった。
 というか・・・めちゃくちゃ鬱陶しいな、こいつ。目の前をブンブン飛び回るわ、耳元を掠めるよう羽音を鳴らすわ、非常にうざい。
 こうなったら、情けは無用である。殺生はよくないことだが、叩き潰そう。
 というわけで、俺は優雅に飛行し続ける蚊を殲滅にかかった。
 ――この時俺には、無視してさっさと潜水艇から出て帰るという選択肢があったのだが、俺はそれを取らなかった。
 この時の選択を俺は、ひどく後悔することになる。
「くぬっ・・・このっ」
 パチンッ、パチンッ、と渇いた音が薄暗い船内に響き渡る。
 その度に、両手で挟みこもうとする俺を嘲笑うように、蚊はするりと回避しやがる。チクショウ、ちょこまかと・・・!
 敵艦でなにやってんだお前とつっこまれそうな間抜けな姿を晒しながら、俺は蚊との格闘を続けていた。
 そして――好機が、来た。
 飛び疲れたのか、怨敵は俺の目の前に着陸したのだ。
「殺(と)った――ッ!」
 今こそ最大のチャンスとばかりに俺は、蚊めがけて右手の平を振り下ろす。
 バンッ、という勝利の音(ファンファーレ)が鳴り響いた。よし・・・!
 俺は、確信とともに、右手を離す。
 そこに、潰れた蚊が厳然と存在していた。

 なにやら、俺が見た時より明らかに押し込まれた赤いボタンの表面で。

 ・・・・・・あ、という俺の声と。
 ブォン・・・ッ、という何かの起動音は、多分同時くらいだった。
 ・・・って、やべぇええええええええええ!?
 やっちまった! やっちまったよ! てか、ホントになにしてんだ俺!?
 焦りまくる俺の横顔を、オレンジやら緑やらの計器の光が照らし出す。船体が微振動を始め、起動状態に入ったことを知らせる。
 慌てて赤いボタンはもちろんいろんな機器を操作するも、一向に収まらない。
 ど、どうすりゃいい!? このまま放っとけば、こいつは潜水を始め、ボストーク号まで真っ直ぐに進んでいくだろう。だが、かと言ってこの船から逃げ出せば、俺はせっかくの理子に続く道を失うことになる。
 どっちだ。どっちを選べばいい・・・?!
 先程までのふざけた空気が消し飛び、究極の2択を前に、俺の意識に間隙が生まれる。
 その時だった。
「あの・・・有明先輩、ですよね? なにをなさってるんですか・・・?」
「え?」
 突如かけられた声に、俺は顔を向けた。
 岸に立っていたのは、一人の女子生徒だった。白雪のように艶やかな黒の長髪を後ろで分け、それぞれの髪束を先端近くで結んだ変則ツインテール。これまた白雪に似た豊満なスタイルに、大和撫子然としたたおやかな雰囲気。先輩と呼ぶからには1年か特待中学生(インターン)なんだろうが、俺には見覚えがない。が、向こうは俺を知ってるらしい。よくあることだが。
 彼女は、困惑に揺れる瞳でこちらを見ている。そりゃそうだ。俺だって同じ状況なら、意味がわかんねぇだろうよ。
 だが、問題はそこではなくて。
 彼女の登場により意識をそちらに持って行かれた俺が、選択までのタイムリミットを使い切ってしまったということこそが、なによりの問題だった。
 ガチャン――と、ハッチが閉まり始めたんだ。
 ちょ・・・っ!?
 反射的に手を伸ばすも、もう遅い。無情にも、ハッチは俺の手を遮るように、完全に閉じた。
 そして。
 ズズズズズ――ッ、といつか聞いたような音が聞こえた。
 これはおそらく、潜水している音だ。潜水艇が潜航を開始したんだろう。
 それを理解したとき、俺は思った。
 ああ・・・今回はさすがに死ぬかもなぁ、と。

 * * *

 東京武偵高探偵科(インケスタ)1年・佐々木志乃(ささきしの)は、いつものように神崎・H・アリアを模した人形に釘を打ち込むため、ひと気のない『看板裏』まで一人歩いていた。
 何を言っているのかご理解いただけないかもしれないが、これは全くの事実であり、比喩ではない。事実、彼女の胸元には釘と金槌が収まり、彼女の右手にはデフォルメされたアリア人形(自作)が握られていた。
 ではなぜこんなことになっているかと言えば、それには間宮あかりという志乃の友人を引っ張ってこなければならない。
 成績の優秀さ、本人の近寄り難さ、そして武装弁護士の名家という肩書きから嫌煙されていた志乃にとって、あかりは初めての友達だった。それまでの孤独さの反動からか、ストーキングを始めとした変態行為を行うほどに志乃はあかりに心酔していた。しかし、ここ最近のあかりの心は、志乃ではなく神崎・H・アリアという強襲科(アサルト)の先輩へと向いていた。それが悔しくて憎らしくて、あかりが志乃よりもアリアを優先するようなことがある時に、こうしてひと気のない場所までやってきて、丑の刻参りのような真似をしているのだ。
 余人が近寄りがたい威圧感を撒き散らしながら、志乃は何事かをぶつぶつと呟きながらただ進む。
 そしてたどり着いた『看板裏』にて、志乃はアリア人形を壁に押し付け、釘の先端をゴルフのティーのように浅く差し込んだ。
 ゆうらり、と金槌を握った右手が振り上げられる。
「神崎・H・アリア・・・! 私からあかりちゃんを奪った罪許すまじ! いやまだ全然取られてませんけどねっ。まだあかりちゃんは私の方が全然好きですけどねっ。でも・・・天誅ゥ――!」
 (普段は)憂いを帯びたような瞳が、これでもかと吊り上がる。(普段は)柔らかな佇まいの体を、鬼気が包み込む。
 端的に言って、相当に恐ろしい姿だった。どこかの武装巫女を彷彿とさせるほどに。
 しかし、そんな彼女を止める者はここにはいない。哀れ、アリア人形は振り下ろされた鉄槌により串刺しに――とはならなかった。
「・・・? なんの音?」
 金槌が釘を打ち付けるその刹那、志乃の耳が異音を捉えた。
 低い、振動音。たとえるなら、それはエンジン音に近い。最初はバイクか何かとも思ったが・・・違う。振動音に紛れて、波の音が聞こえる。そしてその方角は、体育館の陰に隠れて見えないが、海側の方だ。
 つまり、
(船・・・? でも、どうして? 学園島に船舶で来島する場合は、車輌科(ロジ)のドッグを使うはず。こんなところに接舷するはずがない。ということは、まさか・・・侵入者!?)
 ありえない、とは思う。
 しかし、学園島への侵入は不可能ではないのだ。現に志乃の知る由はないが、今日この日、すでに『魔剣』と呼ばれる犯罪者が侵入している。
 だが、武偵人口が9割を超えるこの島に侵入しようという人間はまずいない。メリットよりも、デメリットの方が遥かに大きいからだ。
 とはいえ、前述したとおり可能性はゼロではない。この場合、武偵として志乃が取るべき行動は、侵入者がありとして動くことだ。
 志乃は、そろそろと足音と気配を消しながら、しかし歩度は早く、音源へと歩いていく。
 そして、体育館の角に張り付き、そっと覗き込んでみた。
 そこに――あった。志乃が予想したとおり、船『らしきもの』が。
 一見して、普通の船舶とは違った。ミサイルのような流線型の黒い物体。むりやり当てはめるとしたら、おそらく潜水艇が最も近いだろう。
 その『潜水艇』の上部にはハッチがあった。しかも、開いている。船体が微振動していることも併せて考えると、誰かが乗っているのは明白であり・・・実際、船内に人影が在った。
(誰・・・?)
 志乃は若干陰から身を乗り出し、目をこらす。
 最初にわかったのは、その人物が武偵高の制服を着ていたこと。この時点で侵入者という線は消えたが(無論変装の可能性はあるが)、しかし武偵高の生徒がこんなところで何を?
 そう疑問に思った時、志乃はその人物の顔に見覚えがあることに気付いた。
「有明、先輩・・・?」
 そう、その人物とは、東京武偵高2年・有明錬だった。
 彼のことを、志乃は知っていた。探偵科の専門授業を始めとして、あかりが「アリアについた悪い虫だ」と憤っていたのをよく覚えている(志乃的にはアリアをあかりから引き離してくれる可能性を持った人物であり、むしろ好感度は高い)。
 見知った顔に安堵しつつ、しかし状況の不可解さは残る。志乃は探偵科の生徒ではあるけれども、さすがにこの状況を推理で導くことはできない。
 なので、彼女は若干の警戒心を残しつつも、物陰から出て、『潜水艇』へと近づいていった。
 そして、錬の顔がはっきりと視認できる距離まで歩んだところで、彼女は錬に声をかけた。
「あの・・・有明先輩、ですよね? なにをなさってるんですか・・・?」
 志乃の言葉に、錬は弾かれたように顔を上げた。
 目と目が合う。
 ――そして、次の瞬間だった。
 今まで開いていたハッチが、突如閉まり始めた。
(え・・・!? まさか、この船で学園島を出るつもりなの!?)
 学園島正規の発着港は、先ほども言ったが、車輌科のドッグだ。それは、例えば特秘任務(シールドクエスト)のように極秘性の高い場合にも適用される。
 つまりこれは、言い方として適切かどうかはともかくとして・・・『密航』、ということになるのだ。
 想定外の事態に、志乃の思考が乱れ始めた、その時。
 有明錬が志乃に向け、右手を伸ばした。
 まるで。
「じゃあな」、と。そう言うかのように。
「え――?」
 疑問の声。それが空気に溶けるころには、ハッチは既に閉まり切っていた。
 そして、『潜水艇』はゆっくりと動き出しながら、海中へと沈んでいった。志乃はそれを、ただ見ていることしかできない。
 呆然としている志乃が、ようやく正気を取り戻した時。
 そこには、まるで夢が覚めたかのように、穏やかな波間が広がっているだけだった――

 * * *

 尋問科専門棟・第4留置室。
 ここは、学園島内でも特に使用頻度の低い部屋の一つだ。机と寝具、扉を挟んでトイレという、簡素にすぎる趣をしている。そして極めつけは、唯一外部へと繋がる扉――その上部にはめ込まれた、鉄の格子窓だった。
 それもそのはずで、ここは学園島内で捉えた犯罪者や、なんらかの理由で学園島で拘留せざるを得ない犯罪者を留置するための部屋なのだ。使用頻度が低いのは、もちろん学園島の精神的堅牢さによるものである。
 そして、現在この部屋の主となっているのは、一人の少女だった。
 透き通るような、銀髪の少女。それまで身につけていた鎧の代わりに支給された東京武偵高の制服を纏った彼女の名を、ジャンヌ・ダルクと言った。
『魔剣』という通り名を持つ彼女は、学園島へと誘拐目的で潜入し、現地の武偵に敗北し、これを失敗。教師陣へと連行され、こうして捕えられているのだった。
 ジャンヌは一人、ベッドの上に横たわりながら、自分がこの部屋に入る数刻前のことを思い出す。
 具体的に言うならば。
 有明錬に、イ・ウーの本拠地へと繋がる小型潜水艇の隠し場所を教えた場面だ。
(あの時私は・・・どうして、有明にブラドの弱点を教えなかったのだろうな)
 ――あの時。
 ジャンヌは錬に、「理子を助けるならば『ある怪物』とぶつかることになる」と言った。
 そして、「お前ならば救い出せるかもしれない」とも。
 だが。
 それは、冗談でもなんでもなく不可能なのだ。
 なぜなら、ジャンヌが口にした『ある怪物』――『イ・ウー』ナンバー2・『無限罪(むげんざい)のブラド』とは、不死身の生物なのだから。
 これは、比喩ではない。実際ブラドは人間ではなく、すでに数百年の時を生きている怪物だ。吸血鬼(オーガ・バンピエス)――そう呼ばれる、正真正銘の人外なのだ。
 しかし、生物である以上、吸血鬼であろうとも完全な不死ではない。ブラドの不死にもまた、秘密があった。
『魔臓』と呼ばれる、再生器官。体内に4つあるその器官が健在である限り、ブラドはいかなる傷であろうとも、瞬時に回復することができる。
 が、逆に言えば、その『魔臓』を破壊してしまえば――ただし『魔臓』は相互回復するので同時破壊の必要があるが――ブラドの不死性は喪われるのだ。
 そしてそれは、まぎれもない弱点である。加えて、『魔臓』の位置はかつてのバチカンとのいざこざにより、目玉模様として体表に浮かび上がってしまっている。ジャンヌ自身、その位置を3つ目までは知っていた。
 無論、それを知っていたからと言って勝てるわけではない。しかし、ここまで知っていることが、ブラドと戦う上での――勝利を目指す上での、最低条件であり絶対条件だった。
 けれど。
 これらの情報を、ジャンヌは一切錬に教えてはいなかった。
(なぜだ・・・私はなぜ、口に出さなかった。忘れていた? そんなはずがあるか。では、やはり有明を恨んでいた? ・・・いや、それもない。あの時私は確かに、有明のサポートを考えていた)
 ならば、なぜ?
 自問は続く。答えは出ない。
 出ないままで、時は流れ――しかし唐突に、ジャンヌは思い当った。
(・・・逃げて、ほしかったのか?)
 それが、ジャンヌが出した答えだった。
 あの時、口では確かに「勝てるかもしれない」とは言ったし、実際そういう気持ちが無かったわけではない。
 けれど、それ以上に、やはり思っていたのだ。勝てるわけがない、と。
 だから、弱点を教えなかった。中途半端に可能性を与えるよりも、いっそ圧倒的な実力差があった方が、逃げるという選択肢を取りやすい。
 生き残る、可能性が高い。
 ・・・ああ、なんだ。つまるところ、こういうことか。
(私は、あいつに「友達になろう」と言われて、嬉しかったのか・・・)
 きっと、それが真実。
 今まで、犯罪者であるジャンヌに対して、光の道を歩く人間からそんなことを言われたことはなかった。ジャンヌの罪を知った上で、同じ闇側の人間以外から、手を伸ばされたことなどなかった。
 だから、ジャンヌはきっと思ってしまったのだ。
 有明錬と友達になるのも、いいかもしれない、と。
 すっ――と、わだかまりが解けていく。疑問が、氷解する。
 答えは、得た。
 後は――
「生き残れ、有明。逃げてもいい、無様でも構わない。私は、お前が差しのべた手を取りたい。お前と――友達に、なりたい」
 静かな呟きが、室内へと溶けた。
 ジャンヌ・ダルク30世は、ようやく得た解答を胸に抱き。
 静かに、瞳を閉じるのだった――

 * * *

 有明錬を乗せた小型潜水艇――『オルクス』は、海中を進む。
 向かう先は、人外魔境。悪意渦巻く、犯罪者たちの巣窟、ボストーク号。
 この戦いにおける有明錬の勝率は、ゼロである。
 しかし。
 それでも、有明錬は進む。銀氷(ダイヤモンドダスト)の魔女が渡した架け橋を駆け抜けて、その水平線の先へ――

 ――まっすぐに、進む。

第二章 銀氷の架け橋  END

あとがき
どうも、コジローです。
と、いうわけでようやく終わりました第二章。長い間お付き合いくださり、ありがとうございました。
ここから後半戦、折り返しの位置にきました。今までのことを考えるとまた大分かかりそうな気もしますが、がんばります。
それでは、また次回。
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