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「偽物の名武偵」
第二章 銀氷の架け橋

23.雷氷のシャル・ウィー・ダンス

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偽物の名武偵23話です。




23.雷氷のシャル・ウィー・ダンス

 5月7日。
 抜けるような晴天の下、ついに国際武偵競技会――アドシアードが幕を開けた。
 アドシアードの歴史は浅い。それは当然のことで、そもそも武偵自体の歴史が浅く、加えて武偵校の歴史もまた輪をかけて浅いからだ。
 しかし、ということは、成長の余地がまだまだ残されているということだ。実際、今年は出場者(エントリー)の数や来賓、報道陣(プレス)の数は、去年のアドシアードに比べて、かなり増えているらしい。「これで経済効果うはうはやぁ!」とか蘭豹のバカが言ってたので、本当に歴代的にかなりの盛り上がりを見せているのだろう。
 しかし、である。
 そんなこと俺には関係が無かった。
「ふぅ・・・ふぅ・・・! こ、こええええ・・・ッ!」
 情けない声を上げつつ、俺はえっちらおっちらと一抱えはある木箱を運んでいた。
 え? これがなにか知りたいって?
 え? そしてここがどこか知りたいって?
 それはね――
「なんで俺が地下倉庫(ジャンクション)で火薬運びなんか・・・!」
 恨み言のように零す俺の声が、照明があるとはいえ薄暗く辛気臭い地下倉庫に響き渡る。地下というからには(しかも地下7階だ)、上を見上げたって薄汚れた天井しか見えず、抜けるような青空なんて見えやしない。そんなの、ここに来る前に一度見上げたっきりだ。
 とまあ――こういうことになっている。
 もしかしたらすでに忘れられてるかもしれねぇが・・・俺はアドシアードが開催される前、強襲科(アサルト)担当教諭・蘭豹から、ある仕事を任命された。
 それが、『アドシアード開催中の火薬運搬係り』である。
 確かに危険ではあるけど、別にそれだけじゃね? と思ったそこの君。考えが甘すぎると言わざるをえない。
 なぜなら、ここは武偵高。火薬と一口に言っても、その量は半端じゃねぇ。具体的に言えば、誘爆すればこの学園島が吹っ飛ぶくらいにはある。そうしたら俺は、おそらく日本の犯罪史上でも十指にランクインできるほどの大量殺人者になるだろう。
 ・・・うん、冷静に考えなくても頭おかしいだろ教務科(マスターズ)。なんでそんなもんの運搬を生徒一人に任せてんの? バカなの? 死・・・にはしなさそうだなあいつら。
 ともあれ、そんなわけで俺は今、学園島地下7階、火薬庫――通称『地下倉庫』に来ていた。
「あー、クソ。腰いてぇ。何回運べばいいんだよこれ」
 俺はすでに何十度目かになる運搬作業をこなしながら、愚痴をこぼす。
 さっき俺は、現在地を地下倉庫と言ったが、さらに詳細に語れば、ここは大倉庫と呼ばれている。数多くの火薬や弾薬が、図書館のように軒をつらねた火薬棚の中や、そのまま床に重ね置きされたりしている。で、俺の仕事は地上から連絡を受けた時、要請があった種類の火薬を地上まで運搬するという内容だ。エレベーターがあって良かったとはいえ、この大倉庫からエレベーターまでには結構距離がある。往復だけでも数が増えれば相当つらい。
 そんな仕事を、俺は朝9時からもう3時間もぶっ続けでやっている。おい交代要員出せよ。それか休憩させろ。
 そもそも、俺には一応白雪の護衛という任務があるんだが。まあ、演技とはいえすでに離れた身だし、今日までかなり日があったのに何も起こらなかったところを見るに、結局ただの取り越し苦労だった可能性もいなめねぇが。どのみち、教務科直々の係りである以上、拒否はできねぇのがつらいところだけどな。
 そんな風に辟易としながらも火薬箱を届けていると、ポケットに入れた携帯電話が鳴り始めた。
「またかよクソ・・・」
 顔を苦々しさにゆがめつつ、俺は一度箱を地面に置く。それから携帯電話を取り出し、火薬棚の側面に背中を預けつつ通話ボタンを押す。
「はい、有明です」
『おーう有明ェ、次はN-16b一箱持ってこいや。3分以内やぞ』
「いやっ、ちょ・・・っ! 待ってくださいまだ綴先生とチャン先生から頼まれた分があるんですが!」
『あん? そぉか、なら・・・多めに見て5分以内でいいぞ』
 ぶち殺すぞ豹野郎・・・ッ!
「なんでかなり譲歩したみたいになってるんですか?! というか、休憩もしくは交代はいつになるんです?」
『あァん? そんなんおらんわ。今日は一日中お前のシフトや。明日は火野が一日やって、それ以降ローテーションで最後まで回すんやぞ』
 なん・・・だと・・・。
 蘭豹の言葉に愕然となる。なんて馬鹿なシフト組んでやがるんだ、あいつらは。
 まあ、事前の打ち合わせで担当が2人しかいないとわかったときはおかしいとは思ったんだが・・・まさかこんなことになるとは。
 俺は、自分自身もそうだが、おなじく運搬係り(こちらはくじ引きらしいが)になった後輩の火野ライカという1年女子にも哀悼をささげる。かわいそうに、女子がこんな力仕事を一日中なんて。代わってはやれねぇけど。
 そういや、なんか火野の態度、よそよそしいっていうか、ちょっと避けられてる感があって落ちこんだっけなぁ・・・。
 などと回顧していると、
『じゃ、そういうことで急げよ。じゃァな』
「・・・えっ、まっ――」
 ――てください、とまで言い終わることなく通話は無情にも切れていた。
 クソ、なんでうちの教師はこんなんばっかなんだ。せめて、いたわりの言葉一つくらいくれよ。唯一もらったの、高天原先生(天使)の「一人に任せちゃってごめんね」ってやつだけだぞ。あとは南郷先生の「至急だ。遅れるな」とか綴先生の「遅れたら尋問なぁー・・・」とか、チャン先生の「ウフ。チャント運搬デキタラ後デ、ゴ褒美アゲチャウ!」とかばっかだぞ。・・・・・・いや待て最後なんか怖い。
 ともあれそんな不平を漏らしてもしかたないのでとりあえず運搬を再開し、さっきまでの火薬を運び終える。そのあとまた大倉庫まで戻ってきて、あらかじめ配布された陳列リストを参照に、頼まれた火薬を探す作業に入る。
 そんなことをもう3回ばかり繰り返し、注文が途切れたことに気付いてふと時計を見た時――俺は閃いた。
「もう1時前・・・上はそろそろ昼食の時間帯に入ったころか。てことは、しばらく補充はねぇよな・・・よし」
 俺は、疲れた体に鞭を打ち、もうひと踏ん張りと動き出す。
 その途中に取り出したのはもう一枚のリスト――種目別使用火薬類のリストだ。これを見て、できるだけ多くの種類の火薬をあらかじめ運んで、エレベータ前にストックしよう。そうすりゃ、ストックが切れるまで往復する必要がなくなる。
 無論、そのためにはこれから運びまくらなきゃならねぇが、これまでの経験でだいたいどの火薬が必要になるか、どこにあるのかはわかってきている。先生たちに急かされたり無駄に後々お仕置きを食らうより、今頑張った方がいい。
 昼休憩が終わるまで、残りおよそ一時間半。武装の点検や整備などのために多く時間が取られてるのが幸いした。
 ここで頑張って、昼休憩以降は一往復もしねぇぞ・・・!
 そんな決意を固めつつ、俺はさらなる労働へ向けて動きだすのだった。

 * * *

 ぴしゃり、と。湿り気を帯びた足音が、ほの暗い倉庫内に響き渡った。
 東京武偵高校そのものと言ってもいい人工浮島(メガフロート)――学園島。その地下7階は、通称『地下倉庫』と呼ばれる火薬庫になっている。
 そしてその地下倉庫に今、一人の少女が屹立していた。
 二房の三つ編みをつむじで結い上げた、透き通るほどの銀の長髪。欧州系の整った顔立ちに宝石のようにはまった、氷青色(アイスブルー)の瞳。天井から注ぐ照明光を照り返す、髪と同じく白銀の半甲冑(ハーフプレートアーマー)。それら全てを引き締めるように、荘厳と彼女の腰を飾る大剣――銘を、『デュランダル』。
 数日前まで第1女子寮に潜伏していた、世界的犯罪組織『イ・ウー』正規メンバー、ジャンヌ・ダルク30世が、静かに地下倉庫に降り立った。
「ふう・・・排水溝を行けとは、理子もずいぶんな経路を考えたものだな」
 濡れた髪を軽く振りながら、ジャンヌは呟く。
 地下倉庫は言うまでもなく、重要施設である。つまりはそれだけ侵入が困難なはずなのだが、ジャンヌは見事侵入せしめていた。
 その裏には東京武偵高に在籍していた同期メンバー・峰理子の協力があった。彼女は内部の人間しか気づけない地下倉庫への侵入経路――学園島に28ある排水溝の一つ、第9排水溝を伝っていくという荒業を、ジャンヌに伝授していた。
 その代償として、ジャンヌは濡れ鼠になってしまったのだが・・・、
「服が張り付いて気持ち悪いな・・・乾かすか」
 と、長手袋の端を引っ張りつつ零す。
 すると、次の瞬間明確な変化があった。
 シュオオオオ、と自然乾燥ではありあえない速度で、ジャンヌの体や服に溜まった水気が引いて行ったのだ。
 これが、ジャンヌが持つ超能力(ステルス)――氷を操る異能の一端だ。
 この世には、超能力者と呼ばれる者たちが確かに存在する。ジャンヌ・・・というよりも、ジャンヌ・ダルクの血筋もまた、そういった力を秘めていた。
 初代ジャンヌ・ダルクが火刑に処されそうになったからこそ――忌むべき炎に対抗すべく、氷の異能を練り上げていた。
 そして、その末裔(すえ)たる少女が氷のステルスを行使できるのは当然であり・・・、氷を操れるということは、その源たる水を操れるということだ。
 無論、超能力における自然現象は現実の物理法則にまるごと従っているわけではないので、厳密に言えば氷の超能力と水の超能力は別物だ。しかし、大質量の水ならばともかく、こうした微細な水量ならば、ジャンヌにも如何様にもできた。
 これでよし、とジャンヌは満足したように頷き、ココというイ・ウー非正規メンバーに防水加工してもらった携帯電話を取り出し、メールボックスを開く。
 悪の秘密結社の一員たる少女が古めかしい鎧姿で、携帯電話をこちゃこちゃと操作しているのは相当に違和感があったが、イ・ウーメンバーは大体みんなこんな感じである。
 それはともかくとして、やがてジャンヌが開いたメールには、こう書かれていた。

『From:星伽白雪
 Sub:(なし)
 私は、何も抵抗せずにあなたに従います。だから、武偵高のみんなには手を出さないで。特に、遠山キンジには絶対に何もしないでください。お願いします』

 標的(ターゲット)である星伽白雪から送られたその文面を見て、ジャンヌはつまらなそうに鼻を鳴らす。
「馬鹿馬鹿しい。人を超越した私たち超能力者(ステルス)の一員でありながら、剣も取らずに服従を選ぶとは。あまつさえ、敵である私に懇願する・・・そうなるように仕向けたとはいえ、人物的には全くつまらんよ、白雪」
 ジャンヌには、我慢がならない。白雪が、大粒の原石――高レベルの超能力者であろうことがわかっているがゆえに、なぜそうも俗人に拘るのかと、憤りを持っていた。
 しかし、これは任務だ。そのような私情を挟まず、星伽白雪の誘拐という目的は果さねばならない。
 だからジャンヌは、白雪をこの人気無い地下倉庫へと呼び出すために、新たなメールを作成する。誰も連れずに、一人でここまでこい、と。
 送信が終わると、ジャンヌは一息つき、やることをあえて口に出して整理する。
「白雪の到着に合わせて、侵入経路を制限するために、エレベーターの稼働を停止させる。連絡手段の断絶と照明の消灯は・・・そろそろ時間だな。あとは・・・変装、か」
 連絡手段を絶つための屋内基地局(IMCS)と万が一を考えて消しておきたい照明については、以前下調べしたときに時限式で壊れるように細工は済ませてある。こんなもの教師が調べれば一発でバレると理子に抗議したのだが、そこはさすがに情報怪盗とも揶揄される理子。教師陣が怠慢で定期メンテを怠っていること、メンテナンスの時期も調べ上げ、問題のない決行日を選んでいた。
 次に考えるべきは、侵入経路兼逃走経路となるエレベーターを、白雪の到着後に停止させることだろう。とはいえ、こちらもやることはスイッチ一つ押すだけでいい。例にもれず、遠隔で操作する仕掛けは済ませてある。ここの物陰で白雪を確認しだい、停止させればいいだろう。
 というわけでジャンヌが目下やるべきことは――
「はあ・・・また、『ミコフク』を着なければならないのか。これはあまり好みではない・・・ゴスロリ、着たいな」
 万が一の策として、白雪に変装することであった。
 薄暗闇の中、いそいそと隠しておいた巫女服に着替える(といっても上から着込むだけだが)ジャンヌの姿は、ある種倒錯的でもあったが・・・それ以上に、間抜けな図だった。

 * * *

 遠山キンジは後悔した。
 いや、現在進行形で後悔していた。なぜもっと考えなかったのか、なぜ全く気付かなかったのか、なぜ一切信じなかったのか。そんな後悔ばかりが、キンジの胸中でぐるぐるととぐろを巻いている。
 しかしいくら忸怩たる思いを募らせても、現実は変わらない。
 ――『ケースD7』。
 現在、学園島内で発令されているこの特殊事態は、キンジの心臓を凍らせた。
 ケースDとは、アドシアード期間中の武偵高内で事件が発生した際の符丁。その7番目のコードであるD7は、『ただし事件であるかは不明確で、連絡は一部の者のみに行く。なお保護対象者の身の安全のため、みだりに騒ぎ立ててはならない。武偵高もアドシアードも予定通り継続する。極秘裏に解決せよ』という意味を持った、秘匿任務(サイレントミッション)の警報だ。
 キンジはこの事態を、友人の武藤剛気によって伝えられていた。午後4時を回ったころから、受付の担当区域で居眠りをしていたキンジは武藤にたたき起こされ、D7の発生を知った。
 そして、D7の核心もまた、武藤は告げていた。
 すなわち、令文にある保護対象者とは誰か。そして、何が起こったのか。
 ――星伽白雪の失踪。
 それが、D7の正体だった。

 * * *

 神崎・H・アリアもまた、ケースD7の発令を受け取っていた。
 狙撃科(スナイプ)専門棟7階。今回のアドシアード狙撃競技(スナイピング)の会場にもなっているこの階の窓際で、アリアは携帯電話のディスプレイを睨みつけていた。
 そして、確信する。ようやく、『魔剣(デュランダル)』が動き出したことを。
 やはり、アリアのカンは正しかった。すこしずつ、だが確実に迫ってきていた『魔剣』が、ようやく魔手を伸ばしてきたのだ。
(問題は、白雪がどこにいるのかってことよね・・・最後に見たのは、地下へ行く為の唯一の階段入口を降りてくとこだった。最初は仕事かと思ったけど・・・こうなった以上、白雪が地下に呼び出されたのは間違いない。けど、どこに?)
 窓枠に置かれた、装備科(アムド)謹製の高性能双眼鏡をコツコツと指で叩きながら、アリアは思案する。狙撃科棟だけあって、ここは一番高さがあり、なおかつ学園島全域を見渡せるように建造されている。アリアは、ここから白雪の長距離監視を行っていたのだ。
 白雪の居場所は、おそらく、地下2階よりもさらに下層だろう。一般開放されているというわけではないが、地下2階までは階段を下ることで進入できる。が、それよりさらに下階となると、立ち入り禁止エリアとなる。呼び出されたとすれば、そちらの公算が高い。
 しかし、ではどの階に? 学園島の地下は7階までの多層構造だ。その2階以降を虱潰しにしてもいいが、時間がかかる。なにか、特定の為の情報が欲しかった。
 ――と、その時だった。
「おい、レキ!? どこいくんだ?!」「まだ競技中よ!?」
 ふいに室内が騒然となったことに気付き、アリアは視線を上げる。
 そこには、ライトブルーのショートカットをした小柄な少女、レキが静かに立っていた。肩には、彼女の相棒であるドラグノフ狙撃銃がぶら下がっている。
 ぎくり、とアリアの動きが止まった。
「ちょっとレキ、あんた・・・まだ競技中でしょ?! レーンから離れたら失格に――」
「ケースD7を確認しました。こちらの方が重要度が高いと思われます」
 なんでもないようにレキがさらりと言ったが、とんでもない。今、レキは日本代表としてアドシアードに出場している。それも、監視の合間に様子を見た限りでは、世界記録(ワールドレコード)の更新も夢ではない成果を上げていた。このままいけば、相当の記録とともに将来も約束されただろうに・・・レキは、こちらを選んだ。
「あんた・・・」とアリアが呟く中、レキはアリアの横に立ち、窓の外に目を向ける。
 そして、スッ――と、ある方向を指さし、
「アリアさん。第9排水溝のあたり、水流に違和を感じます」
「第9・・・? ――ッ! 『地下倉庫』ね!」
 優れた武偵は、地理の把握も怠らない。
 レキの言葉から、アリアは第9排水溝がどこにつながっているかを即座に割り出す。この事態に、レキが感じた違和感。にわかには信じがたいが、『魔剣』は排水溝を伝って『地下倉庫』に文字通り潜入したのだ。
 そして、それはつまり白雪もそこにいる、ということになる。
 状況は、最悪に近かった。学園島内でももっとも地下深く、それもアリアを始めとした武偵の主武器である拳銃の使用が厳禁とされる、火薬庫というシチュエーション。仮に救出(セーブ)に向かったとして、アリアの戦力が落ちることは間違いなかった。いや、そもそもの話、すでに白雪の誘拐は決行されている可能性すらあった。
 だが、同時に。
 その窮地をひっくり返す、もう一つの事実も、明らかになった。
 光明が、見えた。
「行ってください、アリアさん。キンジさんへの連絡およびサポートは私が行います。白雪さんの方も、万が一の事態には発展していないでしょう。なぜなら――」
「そうね。私も少しだけ安心できたわ。だって――」
 アリアの唇が弧を描く。レキの脳裏に姿がよぎる。
 そう。
 なぜならば、今このとき、『地下倉庫』には、
「「――錬(さん)がいる」」
 二人、確信の籠った声が重なる。
 各々が、パートナーと元バディの姿を思い浮かべていた。
 
 かくて、役者は出そろった。
 決戦の舞台は、学園島地下7階、火薬庫。
 ――通称『地下倉庫』に絞られた。

 * * *

 そして、星伽白雪は終わりへと進み始めた。
 学園島地下2階。そのエレベーター横のテンキーに稼働用のパスワードを打ち込み、白雪は静かにエレベーターの到着を待つ。
 彼女の服装は、普段の制服姿ではなかった。いや、正確には先ほどまではアドシアード実行委員会として制服を纏っていたのだが、今は違う。
 緋袴に白衣。俗に言う、巫女服を着て、白雪はこの場に臨んでいた。腰には白雪の愛刀・『色金殺女(イロカネアヤメ)』を帯刀している。
 この姿は、彼女の意思ではない。ある者に、指示された結果である。この服装をして、学園島地下7階『地下倉庫』へ来いという呼び出しを受けていた。
 指示した者の通り名は、『魔剣』。
 連続超偵誘拐犯であり・・・白雪に対し、脅迫をかけていた人物の名だった。
「これでもう・・・キンちゃんたちともお別れかな」
 白雪は、ぽつりと諦めたように零す。
『魔剣』の狙いが、一体なんなのかは知らない。数多の高名な超能力者たちを攫うことに、どのような意味を見出しているのか、そんなことは白雪の与り知ることではない。
 けれど、その先に光なんてないことだけは、彼女にはわかっていた。またこの日常へ帰ってくるなど、きっと無理だろう。
 それでも。
 このまま白雪が従わない場合、学園島を爆破すると脅しを受けた。今こうして『地下倉庫』まで潜入されていることを考えれば、それは十分に可能だろう。
 ならば、白雪は従わなければならない。キンジを・・・そして、みんなを、傷つけさせはしない。
(みんな、か・・・)
 自然に浮かんだ言葉に、白雪は少しだけ表情を明るくした。
 この状況で、唯一救いがあるとすれば、きっとそう思えたことだろう。昔の白雪なら・・・星伽神社という世界しか知らなかった白雪ならば、心から案じるのは、キンジの身だったはずだ。だが、今はキンジ以外の、大切な友人たちや武偵高のみんなを護りたいと、そう強く思えている。
 きっと、それは宝だ。『かごのとり』でしかなかった白雪が手に入れた、なにより掛け替えのない財産だ。その存在が、涙が出るほどに嬉しかった。
 そして星伽白雪は、やがて到着したエレベーターを使い、地下7階まで降りる。扉が開いた先には、なぜか火薬類が詰まった箱が山のように積まれていた。白雪にはそれがどこか、不恰好な門に見えた。
 門の先は、闇か、地獄か。いずれにしても、希望は無い。
 前に伸びた路をまっすぐに抜け、白雪は進む。その歩みが、大倉庫と呼ばれる火薬保管庫に差し掛かった時、氷のように冷え切った女の声が、白雪を出迎えた。
「ようこそ、白雪。私はお前を歓迎しよう」
 ――世界的犯罪組織『イ・ウー』正規構成員・『魔剣』。
 白雪は一人、彼女の前に立つのだった。

 * * *

「――ふがっ」
 と、間抜けな声と共に、俺の意識は覚醒した。
 覚醒したはずなんだが・・・なんだか、周囲が妙に暗い。かろうじて非常灯の灯りで薄ぼんやりと景色が見える。
 というか、えーと・・・そもそも、どこだっけ、ここ?
 ・・・ああ、思い出した。『地下倉庫』だ。教務科から命じられた仕事をするために、俺はここにいたんだった。
「ふあ・・・あ・・・っ」
 口元に手をやりながら、大きな欠伸を一つ。
 軽く伸びをして、背中をバキバキと鳴らす。どうやら俺は、いつのまにか座ったまま寝ていたらしい。足は痺れてるし、体は凝り固まっている。無理な態勢のまま眠ってたのが祟ったんだろう。
 しかし・・・なんで寝てたんだ、俺?
 と、まだ若干寝ぼけている頭を左に振ってみると、山積みにされた木箱が俺を出迎えた。
 それを見た瞬間、俺はこれまでの経緯を思い出す。
 そうだ、確か俺は昼休憩の間中、エレベーターの扉の左右に火薬箱を運び込んでいったんだ。で、昼休憩が終わってまた注文がいくつかあったんだが・・・なんと、午前中に運び込んだ分で大体必要量が揃っていたことが発覚。結局俺が大量に積んだ火薬箱は少しはけただけでお役御免になり、むしろまた火薬棚に戻す必要が出てきたんだが・・・すっかりやる気を削がれた上に今までの疲れが出た俺は、少し休もうと火薬箱の山の横に回って座り込んだ。ってとこまでは覚えてるから・・・多分、そこでそのまま寝ちまったんだろうな。
「くあ、体痛ぇ・・・つか、今何時だよ?」
 がりがりと頭をかきつつ、俺は携帯電話を取り出し、時刻を確認する。
 すると、現在は5時を半ば回ったところだった。ということは、俺は3時間くらい寝てたことになるのか・・・。
 クソ、こんなことならとっとと上に帰って、ベッドで寝るんだったぜ。
 まあ、いい。とにかく、一旦先生にこれからどうすればいいのか聞いてみよう。まだ待機する必要があるのか、それとも戻っていいのか。それがわからなきゃ、どうしようもない。
 というわけで、俺は蘭豹先生に電話をかけてみようとしたんだが・・・、
「・・・? 繋がらねぇぞ・・・?」
 期待した結果が返ってこなかったことに首をひねり、携帯電話の画面を見てみると、圏外になっていた。
 変だな、さっきまでは普通に繋がってたんだが・・・。
 仕方ない。二度手間になる可能性はあるが、一度エレベーターで上に戻ろう。電波の回復を待つより、その方が早い。
 行動を決めた俺は、立ち上がって火薬箱の山を迂回し、エレベーターの前に移動する。そして、開閉ボタンを押したんだが・・・反応がない。かごが上に行ってるのかとも思ったが、扉上部の階数表示のパネルには、B7の表示が灯っている。つまり、この階のはずなんだが、なんで開かねぇんだ・・・?
 なにか、おかしい。普通じゃない事態が起きている気がする。
 と、その時だった。

 ボンッ、と。
 全くの唐突に、そこかしこの地面から水が溢れ出した。

「な、に・・・ッ!?」
 どういうことだ、と混乱する俺は、直後に気づく。この水――それも、匂いからして海水だろう――は、地面からじゃない。近くを走る排水溝から逆流してるんだ。
 だが、単純にごぼごぼと溢れているわけじゃねぇ。間欠泉のように、小さな水柱ができるほどの量を吐き出している。
 やべぇ…やべぇぞこれ!? ここはもう、とっくに海面より下なんだ。このままいけば、10分足らずでここは完全に水没するだろう。現に、この短い時間にすでに足首まで水が溜まっている。
「クソッ!」
 エレベーターの開閉ボタンを慌てて連打するも、やはり開くことはない。なんでこんな事になってるのかわかんねぇが、このままでは溺れ死ぬことになる。
 エレベーターでの脱出を諦めた俺は、なんとか打開策がないか必死に探す。
 落ち着け、落ち着け。なにか、なにか方法があるはずだ。どこか別の出口が・・・、
「――そうだ、ハッチだ! 確か、大倉庫の方に、上階への天井扉があったはずだ!」
 学園島地下の禁止エリアに行くには、通常エレベーターを使う。が、何らかの原因でそれが使えない場合のために、階層ぶち抜きの扉があるんだ。
 俺はそれを思い出すと、すぐに踵を返して、大倉庫の方へ向かう。ハッチには三重のセキュリティがかかっているが、それを考慮しても十分間に合うはずだ。
 ・・・と、予想していた俺だったが、大倉庫の奥隅で、思いもよらない光景を目撃した。
「キンジ!? 白雪!?」
 巫女装束の白雪が、柱に鎖で雁字搦めにされている。そして、腰のあたりの鎖についたゴツい角柱型の錠――ロックが三重になった『ドラム錠』に組み付いているキンジがいた。
 ああもう、次から次になんでこんなわけわかんねぇ状況になってんだよ!?
「錬?! お前、いままでどこに・・・まさか、本当に『魔剣』に・・・いや、それより手伝ってくれ! この錠を鍵開け(バンピング)しないと、白雪が死ぬ!」
「ッ!? お、おう!」
 事情はさっぱり飲めなかったが、危機的状況ということだけはわかった。
 俺はキンジに了承の返事をして、キンジ同様ドラム錠に挑む。武偵手帳から開錠(バンプ)キーを取り出し、鍵穴に差し込む。
「錬君、ごめんなさい・・・こんなことに、巻き込んじゃって・・・」
「謝罪はいいから、黙って待ってろ! こんなもん、すぐに開けてやっから!」
 荒っぽい口調になりつつも、俺は白雪に返す。クソ、本当になんだってこんなことになってんだ。
 だが、そんなことぐだぐだ言ってる場合じゃねぇ。すでに水位は膝を超えた。時間が、ない。しかし、見捨てられるはずはもっとない。
 とはいえ、俺の鍵開けスキルはそう高くない。キンジも同様だ。おまけに、鍵の仕掛けが複雑すぎる。これを時間内に3つなんてとてもじゃねぇが・・・。
 諦めが胸をよぎる中、それでも作業を進める。そして、ついに胸元まで水が達した時、キンジが叫んだ。
「――1つ目、開いたぞ!」
「悪ぃ、こっちはまだだ! 2つ目頼む!」
「3番目のキーは大抵最難関だからな・・・とにかく急ぐぞ、時間がない!」
「ああ!」
 威勢よく応えつつも、俺の冷静な部分はもう、気づいていた。
 ――もう、無理だ。俺の分が間に合ったとして、キンジの方は終わらない。
 ちくしょう・・・! 知るかよ、そんなこと!
「クソッ!」
 大きく息を吸い、水中に潜る。すでに水流は濁流へと変化していた。もしかしたら、生きている排水溝に流入しているのかもしれない。俺は流されないように態勢を整えつつ、開錠を続ける。
 そして――開いた。俺が担当していた、ロックが。
 やった・・・!
 内心で喝采を上げる。とにもかくにも、これで2つ目が開いたと。
 だが、次の瞬間――

 ガン・・・ッ! と、右側頭部に鈍痛が走った。

「(ぐぁば・・・ッ!?)」
 ごぼッッッ! と、口から息が吐き出る。視界が、急激に流れ始める。
 そして、何が起こったのか遅れて気づいた。激流に流されてきた火薬箱が、俺の頭に強打したんだ。
 その衝撃で、俺は白雪たちの位置から遠く流された。体の上下が回転する。嵐の海を舞う木の葉のように、翻弄される。息が苦しい。絶対に窒息死だけはしたくないと思わせるほどの、酸素への渇望が沸き起こる。
 こんなところで、死んでたまるか・・・!
 火事場・・・いや、『水』事場の馬鹿力で、俺はなんとか泳ぎ、元の位置への帰還を目指す。時間の感覚はない。ひょっとしたら、1分近くは泳いでいたかもしれない。
 そして、俺は元の位置・・・と、思われる場所まで泳ぎ切った。曖昧な表現なのは、そこに白雪たちがいなかったからで・・・しかし代わりに、鎖がふよふよと漂っていたからだ。
 あいつら、脱出できたのか!
 安心したのも束の間・・・ついに、俺の意識も怪しくなってきた。
 やべぇ、急がねぇと。あいつらが脱出して、俺だけ溺死なんて間抜けはねぇよな・・・!
 俺は急いでハッチがある天井へと進路を変える。見ると、天井扉はすでに開いていた。
 あと、ちょっと・・・ッ!
 俺は、最後の力を振り絞り扉の向こうへ手を伸ばして――
 
 * * *

「『魔剣』! あんた一体、錬をどうしたのッ!」
 非常灯の灯りしかない薄暗い『地下倉庫』に、アリアの詰問が響いた。
 この『地下倉庫』には、今4人の人間がいた。神崎・H・アリア、遠山キンジ、星伽白雪、そして『魔剣』の4人である。
 現在の状況は、少し複雑だ。消えた白雪を追ったキンジがここにたどり着いた時、白雪は『魔剣』と会話していた。そこにキンジは乱入、戦闘へと発展したが、キンジは『魔剣』が操る氷のステルスに敗北する。あわや殺されかけたところに、キンジに先んじて状況を窺っていたアリアが割り込み、キンジは命を拾った。
 そして、この場にもう一人いるべき登場人物、有明錬の姿がないことに疑問を持ったアリアが、『魔剣』へと厳しい問いを投げかけたのだ。
「有明・・・? フフッ、さあな。お家芸の推理で当ててみたらどうだ、ホームズ4世?」
 暗がりの中、白雪を羽交い絞めにする『魔剣』――ジャンヌは、アリアに飄々と返す。
 しかし、その内心では彼女もまた、アリアと同じ疑問を持っていた。
(有明錬・・・なぜ出てこない? すっかり遠山たちから遠ざかっていたと思っていたアリア同様、やつもここに現れるはずだが・・・)
 白雪陣営には、一流の武偵が多い。その中でも、切り札足る少年の行方だけが杳(よう)として知れない。
 この不気味さは、そう。ジャンヌの監視が見破られた上で逃がされた、あの時に似ていた。
 一方、アリアとキンジは、『魔剣』の言葉に、別の想像をしていた。
 すなわち、錬が『魔剣』にすでに敗北したのでは? という想像だ。
 ありえない・・・とは思いつつも、敵の実力は未知数。確か錬はここで火薬運搬の作業をしていたはずだから、その不意を突かれたのならば、あり得ない話ではない。
 だが、アリアはどうしても錬がただで撃墜されたとは思えなかった。だから再び、明言を避けた『魔剣』を問い詰めたのだが・・・そのころには、『魔剣』は既に逃げおおせていた。
 その後、アリアとキンジは和解しつつ白雪を発見。鎖で拘束された彼女を救出しようとするも、突然の水攻めに、アリアが上階へ離脱。キンジが白雪の許に残った。
 開錠を続けるキンジたち。このタイミングで、有明錬がやってきた。結局、その時に錬の事情は訊けなかったが、とにかく二人がかりでの救出が始まる。
 しかし、首元まで浸水しつつも2つ目のロックを解除したところで、錬が消え――おそらく流されたのだろう――自分を諦めて逃げろと白雪が脱出を促し・・・キンジはついに、覚悟を決めた。
 贖罪の、ヒステリアモード。
 水中で空気と共に白雪に口づけたキンジは、兄の死以来初めて己の意思で使ったヒステリアモードの助けを借りて、最後の鍵を開錠。白雪と共に上階へ逃げ延びる。
 その際、ハッチを開けると水流が強くなるように設定されていたのか、勢いを増した奔流に白雪が流されていき――キンジは白雪にアドバイスを残し、錬の帰還を待つ。
 しかし、なかなか戻ってこない錬の身を案じ、再び下階に戻ることをキンジが決めかけた時、水面から一本の腕が伸びた。
 キンジはヒステリアモード任せの力技で腕の主を引っ張り上げ、入れ替わりに、ハッチを閉じ、これ以上の水の流入を防ぐ。
 キンジと腕の主は、やっとの安息に、二人大きく息をついた。とりわけ、腕の主が大きく。
「ッは・・・ッは・・・! はぁああああああっ! えほっ、ごほっ・・・し、死ぬかと思った・・・!」
「生きてるようでなによりだよ・・・」
 錬の言葉に、キンジもまた安堵する。本当に、ギリギリだった。冗談抜きで死にかけた。
 息を整えようと大きく深呼吸している錬が、きょろきょろとあたりを見回し、訊ねてくる。
「し、白雪は・・・?」
「ここに上がってくるとき、水に流された。アリアもこの階にいるはずだ。おそらくは、『魔剣』もな」
「『魔剣』・・・ああ、なるほど。よくわかった。てことは、まず狙われてる白雪をさがさねぇとな」
「ああ」
 錬の言葉にキンジもうなずく。その意見には、ヒステリアモード抜きにしても大いに賛成だ。
 だが、その前に聞いておきたいことがある。
「錬、お前いままでどうしてたんだ? 大倉庫にはいなかったようだが」
「ん? ああ、まあちょっとな・・・それより、二手に別れて、とっとと白雪を探すぞ。固まって探すより、早く見つけられる可能性がある。今は、白雪を一人にさせねぇのが先決だ」
 言葉を濁した錬に疑問を覚えつつも、錬の言は正しかった。キンジは「そうだな」と返し、二手に別れての捜索を開始するのだった。

 ――後に、キンジはジャンヌに教えられたことがある。
 それは、『地下倉庫』で唯一生かしていた排水溝が、大量の木箱で塞がれていたということだった。万が一ハッチが使えなかった時のためにジャンヌが残していたそうだが、この工作によって、もしもジャンヌが排水溝からの脱出を選択していた場合、おそらくその時点で逃げ場を無くして詰みだっただろう。
 その犯人はわかっていない。しかし、キンジは思う。
 もしかしたら・・・あの時錬が言っていた「ちょっとな」という台詞はひょっとして――
 
 * * *

 学園島地下6階『情報機器室』。
 大型コンピュータが立ち並ぶこの部屋で、俺は慎重に進みつつ、白雪を捜索していた。
 キンジの言葉によって、俺はおおまかな状況を把握していた。つまるところ、これは全て『魔剣』の仕業らしい。俺たちが警戒していた襲撃が、今日この日に起こったのだ。
 もちろん、詳細はわかっていない。なんで全員『地下倉庫』にいたのかとか、そんなことはわかんねぇ。
 ――だが。
 俺があんな目にあったのは、『魔剣』のせいだということだけはわかった。それで十分だ。
『魔剣』め、絶対許さん・・・!
 俺の怒りの炎は、あんな水攻めでは消えないほどに、燃え盛っていた。
 ああ、しかし、頭が痛ぇ。さっきの木箱のせいか?
 俺は痛む側頭部を抑え、小さく唸る。
 ・・・っと、そうだ。
「戦闘になるかもしんねぇからな。これ、つけとくか」
 俺は、念のためにと制服の内側に潜ませておいた、人の手首型グローブ『スタングローブ』を取り出し・・・若干、そのリアルな見た目に引きつつも装着した。使えるのかは疑問だが、まあないよりはマシだろ。
 万が一の暴発からの誘爆を恐れて、拳銃を持ってきていなかったのが痛いな。こんなことなら、持ってきとくんだった。武装が平賀印の新兵器だけとは、なんとも心もとない。あとはせいぜい、閃光弾(フラッシュ)とかそんなのしかない。
 しかし・・・白雪はどこにいったんだ。いくら流されたとはいえ、水の流入自体は止まってるんだ。そんなに遠くへは行ってねぇと思うんだが・・・。
 と、そんなことを考えつつ、柱の様にでかい大型コンピュータの陰から出ると・・・いた。白雪が、うずくまるように座り込んでいた。
 ので、俺は軽い調子で声をかける。
「よお。こんなところにいたのか、ずいぶん探したぜ」
 瞬間、白雪がビクリと肩を震わせ、こちらに振り返った。
 心なしか、その顔が強張っているように見えるが、はてどうしたんだろう?
「あ・・・れ、錬君。その、水に流されちゃって・・・」
「そうか・・・まあ、見つかって良かった。早いとこ、キンジたちに合流しようぜ」
「うん・・・」
 未だ覇気のない白雪に疑問は尽きないが、まずはキンジ達と落ち合うべきだろう。
 俺は白雪を先導するために、軽く歩き出す。すると、後ろから同じように足を踏み出す音が聞こえた。よしよし。
 さて、あいつらはどこかな。二手に別れた時、キンジは確か向こうの方に行ってたよな。
 キンジがいる方向に当たりをつけつつ、俺は歩を進める。
 しかし・・・無言だな、白雪。本当に大丈夫か? 『魔剣』の思惑で死にかけたのが、よっぽど堪えたんだろうか。
 よし、ここはひとつ空気を変えるために、雑談でもしよう。
 俺、ちょうど一つ気になってたんだよ。なんでアドシアード中は制服着用の実行委員会である白雪が、巫女装束を着ているんだろうか。
 そんな素朴な疑問を、俺は素直に口に出してみる。
「そういやさあ、お前、その恰好はなんのつもりなんだ? ・・・『魔剣』――」
 ――にでも指示されたのか? と訊こうとして、止める。あほらしい、そんなわけねぇだろ。んなことして、なんの得があんだよ。いや、俺的には保養になっていいんですけどね。特に濡れた服が肌に密着してるところとか、あと――
「ッ貴様・・・!」
「え?」
 白雪らしからぬ言葉づかいに振り向けば、彼女は驚くべき跳躍力でバックステップし、俺から距離を取っていた。
 ああ!? 待ってうそうそ、その恰好超エロいとか考えてないです! だからそんな引かなくていいんだぞ!?
「ふざけた真似を・・・ッ。さては、最初から分かっていながら黙っていたな!?」
 なんだかわからぬままに、俺は白雪になじられている。というか、お前キャラちがくね?
 というか、えー? 知ってるって一体なにを・・・はっ!? ま、まさか『あれ』のことか? 『あれ』に気づいていたことに、気づかれたのか!?
 俺は、気まずげに視線を逸らしながら、
「そりゃ、まあそんなにはっきりしてたら・・・誰でも気づくだろうよ」
 と、開き直りに近い言い訳をしてみる。
 だって・・・だって、仕方ねぇだろ! 俺、健全な男だぞ! そりゃ、目ざとく気づくし、目もいっちまうよ!
 
 胸元が濡れて透けてたら、ちら見ぐらいしちまうよ!

 ・・・うん、どう考えても変態だね、俺。
 ただ惜しむらくは、透けて見えたのが、どうにも下着っぽくないというか、硬質な感じだったことだが・・・まあ、それはこの際どうでもいい。とにかく、ここは名誉挽回のためになにかいわねぇと。
 が、俺が弁解するよりも、白雪の台詞の方が早かった。
「ふ、ふふ・・・っ。やはり、貴様は殺さねば気が済まない。白雪を確保できればもうどうでもいいと思っていだが・・・止めだ。ここまで私を虚仮にした以上、もはや生きては帰さんぞ」
 ? ・・・?
 なにいってんのこいつ?
 完全に脳内ハテナ状態の俺に構わず、白雪は巫女服の裾からなにやら細長い缶を取り出し――地面に叩き付けた。
 ブシュゥウウウウッ! と、缶から白煙が噴き出し始める。煙幕弾(スモーク)かこれ!?
 煙に反応して、スプリンクラーが作動する。雨のように降り注ぐ水に、俺は顔をしかめる。
「ッんだよ、一体!?」
 白雪の行動に驚きつつも、俺は後退しながら煙の範囲から逃れる。見たところ、そう広範囲に広がるような代物じゃねぇ。ありゃ多分、全体を煙に巻くってよりは、自分の姿を隠すためのものだ。
 しかし、なんだって白雪はこんな真似を・・・。
 と、その時だった。
「――錬! あんた、そこにいたのね!」
 背後から飛んできたアニメ声には、聞き覚えがありすぎた。
 振り返ると、案の定両手に拳銃を構えたアリアがこちらに走ってきていた。その後ろには、キンジと白雪もいる。
 ・・・・・・え、白雪も?
「なによ、あんた。やっぱり無事だったんじゃない。今までどこにいたのよ?」
「いや、まあ、ええと・・・えぇ?」
 アリアが何か訊いていたようだが、はっきり言ってそっちに意識がいってない。俺の目は、白雪に注がれていた。
 ここにも、白雪。さっきまで居たのも白雪。てことは、当然どっちかが偽物で、ひょっとして俺がさっきまで話してた白雪のキャラがおかしかったのは・・・。
 ぎぎぎ、と俺は再び顔の位置を反転させる。
 濃い白煙の向こう、かすかに浮かび上がったシルエットから、俺の知らない女の声が上がった。
「結局のところ、全員が揃ってしまったか・・・まあ、いい。所詮は、原石が1人にただの武偵が3人。流儀には悖(もと)るが、まとめて屠ってやるとしよう」
 やはり、さっきの白雪は偽物で、こいつは・・・、
「『魔剣』・・・ッ!」
 俺の隣に立つキンジが、鋭い声を浴びせる。
 こいつが、『魔剣』か・・・!
「その名で呼んでくれるな、遠山。私は、人につけられた名は好まない。なぜならば、私は自らの名に誇りを持っているのだからな」
「あんたの本名なんて、どうでもいいッ! 私が捕まえたいのは、『魔剣』としてのあんたよ! ママに着せた107年分の罪、きっちり償ってもらうわよ!」
「ふふ、勇ましいなホームズ4世。容姿の愛らしさと相まって、まるで伝え聞く始祖――初代ジャンヌ・ダルクのようだ」
「始祖・・・? 初代ジャンヌ・ダルク・・・? じゃあ、まさかあなたは――」
 白雪がはっとしたように目を見開く。
 俺自身、多分同じことを考えてる。こいつ、ひょっとして・・・、
「ジャンヌ・ダルクの子孫・・・か?」
「正解だ、有明。私は、ジャンヌ・ダルク30世。貴様らが知る歴史では既に没した影の一族だよ。――今こそ、見せよう。貴様らが呼ぶ『魔剣』ではなく、聖女ジャンヌ・ダルクとしての私を・・・な」
 こつ、こつ、と。
 煙の中から、影が進み出てくる。それに伴い――急激に室内が冷え込んでいった。スプリンクラーの水しぶきが凍り始め、ダイアモンドダストへと変化していく。
 この、現象。『不可思議な力』。こいつ・・・『超能力者(ステルス)』か!
 予想外のスキルに驚愕する中、ついにその姿があらわになる。
 銀甲冑を着込んだ、銀髪の女。おそらくは、煙の中で白雪の変装を解いたんだろう。
『魔剣』改めジャンヌは、腰に携えた大剣を抜き放ちながら、言った。
「Bonjour. さあ、踊ろうか武偵ども」

 * * *

 ジャンヌ・ダルクは、白雪の変装姿のまま、スーパーコンピュータの陰に弱ったように蹲っていた。
 無論、演技である。キンジやアリアが、本物の白雪と出会う前にこちらに接近すれば、そのまま欺いて奇襲。すでに合流されていたならば、また別の策は用意している。
 とはいえ。
 このタイミングで、こんな展開が来ることまでは読めなかったが。
「――よお。こんなところにいたのか、ずいぶん探したぜ」
 ぬるり、と。
 背後から迫った声に、ジャンヌは肩を震わせた。
 知っている。ジャンヌは、この声を知っている。数日前、監視していたジャンヌを逆に監視していた、有明錬の声だ。
 恐る恐る振り返ると、そこにはやはり錬がいた。
 全身が濡れているところを見るに、やはり彼も『地下倉庫』にいたのだろう。
 一瞬、ジャンヌは、この男ならば私の正体を見抜いているのでは? と勘ぐった。探していたのは白雪ではなくジャンヌ――『魔剣』のことでは、と。が、今は理子仕込みの変装をしているのだ。さすがに穿ちすぎだろうと高まる心拍数を抑えつつ、ジャンヌは返答する。
「あ・・・れ、錬君。その、水に流されちゃって・・・」
「そうか・・・まあ、見つかって良かった。早いとこ、キンジたちに合流しようぜ」
「うん・・・」
 無難な答えを返すジャンヌに、錬は軽い調子で話す。
 その姿に、ジャンヌは安堵する。
(急な登場には焦ったが・・・やはり、バレてはいない。この男は、完全に私を白雪と思い込んでいる)
 キンジたちと合流するために歩き出す錬に、ジャンヌも後を追って同道する。
 暗がりの中男女が二人というのはなかなかに背徳的なシチュエーションだが、しかしその片割れたる少女は、すでに心のギアを切り替えていた。
(――これは好機だ。今ならば、無警戒の有明錬を背後から急襲できる。パウロや理子を退けた有明を、労せずに討てる――!)
 にやり、と口元に微笑が浮かぶ。
 そして、ジャンヌは巫女服の裾に手を入れた。生憎とデュランダルは抜けないが、隠し持った刀剣がある。これで、首を貫けば即死は免れないはずだ。
 一歩、二歩、三歩。歩数とともに、ジャンヌは徐々に距離を詰める。
 そして。
 ついに、殺傷圏内(キリングレンジ)に錬を収めた、その時。
 雑談のような気軽さで、錬が言った。

「そういやさあ、お前、その恰好はなんのつもりなんだ? ・・・『魔剣』」

 ズオ・・・ッ、と。
 氷の魔女であるジャンヌが、背中に氷柱を突き刺されたような寒気に襲われた。
 一瞬で、気づく。やはり、やはりこの男は・・・ッ!
「ッ貴様・・・!」
 ジャンヌはすばやく跳躍し、一気に後ろへと距離を取る。
 冷や汗が、頬を伝った。
(気づかれていたッ! 知られていたッ! この男、知っていて・・・!)
 憤りが、ジャンヌを包む。
 まただ。また、舐められた。居場所を特定されながら見逃されていたあの時のように、またもやジャンヌをあざ笑っていたのだ。
「ふざけた真似を・・・ッ。さては、最初から分かっていながら黙っていたな!?」
「そりゃ、まあそんなにはっきりしてたら・・・誰でも気づくだろうよ」
 哀れすぎて見ていられない、とでもいうように錬が目を逸らす。
 その反応を、見て。
 ついにジャンヌのどこかで、糸が切れるような音がした。

 * * *

 敵は――
 強いだろう。間違いなく。超能力者がどれだけ厄介なのかは、前の理子戦で身に染みている。
 それを知る俺たち『武偵殺し』の関係者や、自身超能力者である白雪が身を固くする中、ジャンヌはなぜか俺を射抜くような視線で見据え、
「有明。戦闘の前に一つ聞かせろ。貴様、なぜ私の変装を見抜けた? 自慢ではないが、それなりのものと自負していたのだがな」
「あん?」
 眉をひそめてジャンヌの言葉に内心で首を捻る。俺、変装見抜いたりしたっけ?
 しかし、まあいい。ここは乗っておこう。あたかも見抜けていたように振る舞うことで、やつに対して精神的優位に立てるかもしれねぇ。
 それに、後々思い出してみりゃ、こいつと白雪には決定的な違いがあった。今考えれば、なんで気づかなかったのかと思うほどに。
「わかるさ。お前と白雪じゃ、持ってる物(胸)の格がちげぇ」
 うん、やっぱそうだ。こうして見比べりゃ、白雪とジャンヌじゃ、失礼ながらまるでサイズ感が違う。見慣れてたはずなのに、気づかなかったぜ。
 俺の言葉に、ジャンヌは目をギランッと眇め、
「ほう・・・無能力者の分際で、ステルスの良し悪しがわかる、と? なおかつ、私のステルスを矮小と侮辱するとは・・・打ち首の上に氷漬けにされたいらしい」
 えっ!? 俺そんなこと言ったつもりはねぇんだけど!?
「ごちゃごちゃうっさい! もう、とっととこいつ逮捕して終わらせるわよあんたたち!」
 なぜかジャンヌの琴線に触れてしまったらしいことに狼狽えていると、アリアが飛び出した。キンジも銃を構え、狙いをつけている
 ガウンッ、ガウンッ、と二丁拳銃が咆哮を上げる。ベレッタがマズルフラッシュを閃かせる。が、返ってくるのは金属音ばかり。
 白雪と同じだ。こいつ、剣で銃弾を弾いてやがる・・・!
「無駄だホームズ! 私を倒したければ、直接来い!」
「くっ・・・! 上等よ! キンジ、錬、支援射撃(バックファイア)! 白雪、出なさい!」
「うんっ」
 アリアは拳銃をしまい、ジャキジャキッと背中から日本刀を抜き放って突進していく。白雪もまた、抜刀と同時に飛び出した。
 っていうか、ええええ!? 俺、今銃持ってねぇんだけど!?
 どうしよう、と困惑する俺の前で、ジャンヌはアリアたちと切り結んでいる。す、すげぇ。純粋な剣術なら、あいつあの二人より強ぇぞ。
 しかも――
「はっ!」
「う、ぐ・・・ッ!?」
 バックステップで距離を取ったジャンヌがどこからか取り出し投擲した小剣――たしか、ヤタガンとか言う銃剣だ――が、アリアの足元に突き刺さると同時、アリアの足を巻きこむ形で地面が凍結していった。
 幸いすぐに刀を突き刺して氷は砕いたが、しかしそれでも、ジャンヌの力がどれだけ厄介かは知ることができた。
 これは・・・やばい。無策で突っ込んで、勝てる相手じゃねぇ。なにか、こいつに逆転できる切り札がなければ。
「くっ・・・位置取りが、上手いな。あのお嬢さんは。アリアたちをすり抜けて撃っても、鎧か頭に当たるようにしてる」
「武偵法を逆手にとってやがるのか・・・」
 武偵の戦いは、いつもそうだ。こちらは殺せず(無論そんな気はないが)、相手は殺しにくる。常に不利な条件。
 それを潜り抜けて、勝利しなければならない。完全な力関係による制圧か、あるいは別の方法――たとえば武器の破壊などで。
 今の俺たちに取れる手はなんだ?
 ――と、その時だった。大ぶりの一撃でアリアたちを牽制したジャンヌが、大剣をこちらに突きつけた。
「どうした有明。なぜ来ない? 私が一番戦いたいのは、お前だ。私を二度も恐怖させた貴様を倒さない限り、この忌々しさは払拭できない。かかってこい!」
 だから、なんでお前さっきから俺にばっかキレてんだよ。標的は白雪じゃねぇのかよ。
 だが・・・これは、ちょうどいいかもしれない。
 俺は、ジャンヌの挑発にあえて乗ることにした。
「アリア、白雪。お前ら下がれ。俺をご所望らしいからな」
「錬ッ!? あんた何言ってんの!?」
「そうだぞ錬! 一人であいつと戦う必要なんて――」
「(いいから黙っていかせろよキンジ)」
「ッ!?」
 俺は制止をかけてきたキンジに、小声で話しかける。
「(俺が時間を稼ぐ。お前ら、その間になんとかあいつを制圧する策を考えてくれ)」
「(策・・・か。わかった。かならず、見つけ出す)」
「(頼んだ。)――アリア、白雪。いいから、お前ら戻れ。俺の獲物を、取るんじゃねぇよ」
 ぺろり、と舌なめずりしながら、俺はあくまで強気に呼びかける。
 ・・・きっと、今の俺悪魔みてぇな面なんだろうなぁ。なんかもう目つきの悪さが最近天元突破してきて、道行く幼女が泣くレベルだからね?
 案の定、アリアたちは一瞬びくりと身を震わせつつも、こちらまで下がってきた。
 アリアが、俺に聞く。
「あんた、本当に一人で大丈夫なんでしょうね」
「まあ、見てろよ。(・・・あとはキンジに話聞け)」
「っ!」
 ずいっ、と俺は一歩踏み出す。
 ああ、クソ。また、この時間稼ぎ(やくまわり)かよ、俺は。
 だが、現状決め手にかけているのは間違いない。なら、このまま戦い続けて死人を出す前に、あいつを倒すすべを探さなければならない。なら、それを一流たちが見つけ出す間時間を稼ぐのは、やっぱり一番弱い俺なんだろうさ。
「貴様、武器はどうした? なぜ、何も持たない?」
「いらねぇだろ。お前程度の相手だ。拳(これ)でいい」
 しかし、俺だって、ただでやられるわけじゃねぇ。挑発しろ。頭に血を上らせろ。少しでも生き残る可能性を、かせぐ時間を増やせ。
「面白いことを言う。それはつまり、殺してくれという意味でいいのだな?」
「笑かすなよ。ハンデにゃこれくらいが丁度いいって言ったんだ」
「ハッ、ハハハッ、それでこそだ有明錬。ぜひともそのまま、私を侮辱し続けるお前でいてくれ。そんなお前なら、一切呵責なく斬れそうだ」
「馬鹿か。悪人が、斬ることを躊躇うなよ」
 互いに、口を応酬させる。
 ニィ、と鏡写しのように唇が避ける。
 そして、
「――行くぞッ!」
「――来いッ!」
 だんっ、と駆け出す。スピードに乗る。体から、さっきまで思いっきり浸かっていた海水が、飛沫となって後ろに流れる。
 真正面からの特攻。きっと、これは無謀な行動だろう。SランクとAランクの武偵二人を相手にしながら、Sランクの射撃を妨害するような相手に、せいぜいがCランク止まりの俺が馬鹿正直に挑んで勝てるわけがねぇ。
 ――けどな、ジャンヌ・ダルク。
 俺は一言だって、正々堂々戦うとは言ってねぇぞ。
 次の瞬間、俺はあるものを目の前に投げつけ、同時に右腕で目を覆った。
 
 ビカッッッ! と。
 薄暗闇を吹き飛ばすような、閃光が生まれた。

「な、ぐ・・・ッ!?」
 ジャンヌのうめき声が聞こえる。よし、上手く目くらましできたみたいだ。
 俺は装着した『スタングローブ』の手首にあるスイッチをONにする。あややの説明によれば、これで拳打と共に電流が相手に流れるはずだ。
 あわよくば、これであいつを倒す。倒れなかったとしても、行動の阻害はできる。そのあとが幾分楽になるはずだ。
「お、おおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!」
 跳躍。チーターが獲物に飛びかかるように、俺は拳を引き絞りながらジャンヌに向かって跳んだ。
 そして。
 放たれた俺の拳の先は――

 * * *

 その頃。
 アドシアード武装整備部門で作業をしていた、小学生のような見た目の少女が唐突に呟いた。
「あ。そういえば、有明君に言い忘れてたことがあったのだ」
 その言葉――より正確には、校内でも有名な錬の名に気になった装備科2年の女子が、少女――平賀文に訊ねる。
「なになにー? あやや、また有明君を実験台に使ったりしたの?」
「むっ。実験台ではないですのだ! 共同歩調を取っていると言って欲しいですのだ! ・・・実は、有明君に、こないだ『スタングローブ』を貸したんですのだ」
「げ・・・『スタングローブ』って、あれでしょ? あの人の手首そっくりのやつ」
「ですです。けど、実はあれの欠陥部分を説明するの忘れてたのだー・・・」
「欠陥?」
「はいですのだ。ちょっと調整を間違えちゃって、スタンガン機能を使うと電流が少し表面部分に漏電してしまうようになっちゃってるのだ」
「え、それやばくない? 使用者が感電しちゃうんじゃない?」
「んー、そこまでの広範囲に広がったりはしないし、仮に広がるとしても、ちょっとびりっとくる程度ですのだ。まあ、『塩水とかでもひっかぶってない限り』、大きなダメージにはならないはずですのだー」
「なーんだ。有明君でしょ? じゃ、びりっと程度大丈夫っしょー」
「ですよねーなのだー」
 あははー、と能天気な笑いが整備室に木霊する。
 平賀文。
 彼女は、間違いなく優秀だ。技術力、発想力、どれをとってもSランク級の腕前だろう。
 しかし。
 彼女の作品には、だいたいなにかしらの欠陥が付随してくるのは、あまりにも有名な話だった。

 * * *

 ――俺の拳は、ジャンヌの大剣、その腹にぶち当たった。
 それ自体はいい。見えない中で俺の一撃を防いだのは驚嘆すべきことだが、とにかく当たりはした。こいつは俺の拳の正体はしらない。このまま『スタングローブ』が生み出す電流が、剣を伝いジャンヌ自身へと届くはずだ。
 でもね。
「――ふぎゃッ!?」
「――あうっ!?」
 突如、俺の全身に痺れと痛みが走り、体がびくんと跳ね上がる。
 視界の端、腕の当たりで稲妻が迸るのが見えた。
 な、なんで・・・なんで俺にまで電流が・・・ッ!
 ぐるん、と視界が暗転する。この感覚は、何度か経験がある。俺は今、気絶しかけてるんだ。
 あわや、このまま意識喪失かと思ったその時――柔らかい、何かに額が激突した感覚があった。
 それをきっかけに、俺の意識が再浮上する。視界が、戻る・・・って、おいおい顔面から倒れかけてんじゃねぇか!?
 慌てて片膝を立て、俺はなんとかその場に蹲る程度で済んだ。
 しかし、やばい。まだ体が若干痺れてる。すぐに立ち上がれねぇ。
 この隙に攻撃されたら――と思った刹那、ギィン! という甲高い音を聞いた。
 発生源に目を向けると、ジャンヌが大剣を横に構えた状態で立っていた。なぜか、距離は離れている。
 ああ、ちくしょう。なにが起こったんだ、この短い間に。
 俺は、徐々に痺れが収まってきた体を持ちあげ、ジャンヌの前に立つ。
 ジャンヌは、荒く息を吐きながらこちらを睨みつけていた。
「今のは・・・いや、そんなはずはない。お前にそんな力があるなんて、理子から報告は受けていないッ!」
 憎々しげな声で、ジャンヌはなにかを否定するように叫ぶ。
 それよりも・・・理子だと? こいつ、理子を知ってるってことは・・・『イ・ウー』って連中の一員なのか?
 いや、いまそんなこと考えてる暇はない。今は、戦闘中だ。意識を逸らすな。
 俺は、ちらりと『スタングローブ』に目を向ける。すると、右手の甲の部分の表面が露出して、黒い金属部が見えている。まさか、さっきの一撃で特殊な素材とやらが融解したのか?
 なんにせよ、俺の武器はこれしかない。壊れていたとしても、こいつで戦うしかねぇんだ。とにかく、奇襲が失敗した以上、時間をかせがねぇと。
「お前が何を言ってんのかはともかく、まだ勝負はついてねぇぞ。悪ぃが、もう少しだけ付き合ってもらうぜ」
「・・・答えろ、有明。貴様、今の雷は一体なんだ?」
「あん? ・・・ただの手品だよ」
 素直に言うわけねぇだろ。こっちの唯一の切り札だぞ。
 とはいえ、さっきの謎の感電で俺の運動能力は下がっている。手の内がバレてないからといって、そう長くはもたねぇだろう。
 ――これで最後だ。
 大して時間伸ばせなくて悪ぃ。あと任せたぞ、お前ら。
「ああああああッ!」
 裂帛の気合いを乗せ、俺は駆け出す。『スタングローブ』のスイッチは切っておく。また漏電したら困るからな。
「ッらぁ!」
「ッ!」
 まずはとび蹴り。これは右腕の小手で防がれる。
 続いて、着地からの右拳。当たり前のようにかわされた。
 だが、まだだ。まだ体力は残って・・・ッ!?
 突如、足の力が抜け、俺はその場にくずおれる。おい、嘘だろこんなときにさっきの痺れが残って――ッ!?
 圧倒的な、隙。剣を持った敵の眼前に、首を差し出す行為。
 そんな隙を、一流の剣士であるジャンヌが逃すはずがない。
「死ね――ッ!」
 ごぉうッと、風切り音と共に、大剣が振り下ろされる。
 そのコースは、俺の頭部。断頭の軌跡を綺麗になぞっていた。
 死が、迫る。
 ――だが、その時。
 
 唐突に木箱が激突した右側頭部が痛み。
 俺は、反射的に右手を患部に伸ばしていた。

 ガッッギィィン! と。激しい金属音と共に、俺の右手に鈍い痛みが走った。
 しかし・・・それだけだ。生きて、いる。
 防げた・・・のか?
「間違いない、貴様は・・・ッ! ここで、確実に仕留める!」
 だが、そんなものは一瞬の延命にすぎない。
 見上げた先で、ジャンヌはもう一度剣を引き戻し、再び振り下ろそうとした――が、
「――そこまでだ、お嬢さん」
 俺の背後から伸びた腕・・・さらに言うなら、その人差し指と中指の二本が、がっちりと刀身を挟んでいた。
 俺は、声からそれが誰の仕業か判断する。
 はは・・・さっすが、ヒーロー。かっこいいじゃねぇかよ。
 安心して笑う俺の前で、ジャンヌは背後から取り出したヤタガンを放とうとするが――無駄だ。俺は、キンジにこう言ったんだ。
 お前を制圧する策を考えてくれって。
 それを聞いたキンジが動いたってことは・・・お前もう、10割負けてるよ。
「遅いッ!」
 こちらもいつのまにか接近していたアリアが、日本刀でヤタガンを跳ね上げる。
 さあ・・・ダンスの時間は、終わりだ。
 だろ? ――白雪。
「――緋緋星伽神(ヒヒホトギガミ)――!」
 アリア同様、側面から迫っていた白雪が、ジャンヌの大剣に対し、下から掬い上げるような居合切りを放つ。
 その刃には、極大の炎が纏われており――これが、白雪の超能力か――まるで、火柱のように立ち上り、ジャンヌの大剣を断ち切った。
 一瞬。本当に一瞬、奇妙な静寂の中で、ジャンヌが呆然と半ばで切られた大剣を見やり。
 そして。
「――逮捕よ、『魔剣』!」
 終劇のベルとなる、アリアの声が響き渡った。

 * * *

 ジャンヌは、間違いなく一流の戦士だ。
 それは、氷のステルスを操る超能力者だからではない。もっと根底のところ、家宝『聖剣デュランダル』とともに研鑽してきた剣術こそが、ジャンヌの神髄だった。
 つまり、ジャンヌは一流の超能力者――国際分類でG(グレード)7――であると共に、一流の剣士でもあった。
 故に。
 たとえ、閃光に目をやられようとも(もっともとっさに目はつぶったので被害は小さいが)、長年練り上げてきた剣士としての嗅覚が、有明錬の攻撃をほぼ正確にトレースした。
 ズン・・・ッと、横に構えたデュランダルに、衝撃が伝わる。それはすなわち、錬の攻撃を防いだことの証左だった。
(姑息なマネで、私を倒せると思うな・・・!)
 己が鍛え上げた実力に、ジャンヌは笑みを浮かべた。こちらに向かってくる錬の手に武器はなかった。そして、この威力。本当に、拳一つで挑んできたのだろう。
 ならば逆に、錬の腕が折れているかもな、とジャンヌはほくそ笑んで、

 直後、剣から伝わる電流に身体を打たれた。

「――あうっ!?」
 ズバチィッ! というさえずりのような電気音を耳が捉える中、ジャンヌは薄く目を開ける。
 視界はまだ完全に回復してはいなかったが、有明錬の体を、幾筋か稲妻が駆け抜けるのが見えた。
(ま、さか――ッ)
 瞬間的にある発想が閃くも、ジャンヌはそれを無視。即座にデュランダルで切りかかることで、反撃を行う。
 だが。

 くんっ、と錬の体が沈み込み。
 その頭部が、ジャンヌの腹部を打ち付けた。

「く、ぁ・・・ッ!」
 息が、口から排出される。予想外の攻撃に、混乱が生じる。
 ジャンヌが身につけているのは、防御力の中にもすばやさを重視した半甲冑だ。軽装化のため、腹回りに装甲はない。そこを、回避とともに攻撃されたのだ。
 頭突き、という原始的な攻撃方法で。
 しかし、それでもなお追撃しようとしたジャンヌだったが――飛来した弾丸を弾き、後退する羽目になった。
 刺すようなジャンヌの視線の先、遠山キンジが銃口を向けていた。
(遠山ァ・・・!)
 アタックチャンスは潰された。すでに錬は片膝立ちで、しっかりとジャンヌを見据えていた。
 即座の反撃が不可能であることを知ったジャンヌは、呼気を荒くしつつ、さきほど浮かんだ発想を思い出す。
「今のは・・・いや、そんなはずはない。お前にそんな力があるなんて、理子から報告は受けていないッ!」
 ジャンヌの声には、明確な否定の色があった。
 しかし内心では、その否定をこそ否定する声が上がっていた。
 すなわち。
 有明錬は超能力者ではないか? という考えである。
 ありえない、とは思う。しかし、
(逆に、超能力無しであんな真似ができるのか? 今こうして見ても、有明の腕はただの素手だ。にも拘わらず、拳から電撃を放つなど、果たして可能なのか? ・・・だが、だとするとなぜ理子との戦いで使わなかった? まさか――この短期間で目覚めたステルスでは・・・)
 浮かんでは消える思考の連続に、ジャンヌは翻弄される。策士にとって、もっとも精神的に揺らぐ物。それは、こういった想像の埒外にある事態だった。
 しかし、現実はジャンヌの思索を待ってはくれない。
 今回は、錬の言葉という形で、ジャンヌの思考は断ち切られた。
「お前が何を言ってんのかはともかく、まだ勝負はついてねぇぞ。悪ぃが、もう少しだけ付き合ってもらうぜ」
 もう少しだけ付き合ってもらう、と錬は言った。
 それはこちらの台詞だ。ジャンヌはまだ錬を打倒できておらず、加えて錬にステルスの疑いが浮上した。ジャンヌの方こそ、このままでは終われない。
「・・・答えろ、有明。貴様、今の雷は一体なんだ?」
「あん? ・・・ただの手品だよ」
 ジャンヌの問いかけに対する錬の返答が、如何様な真実を指しているのかはわからない。
 だが、答えは判らぬままに、事態は再び動き始めた。
「ああああああッ!」
 錬が、ジャンヌめがけて突進してくる。いや、それだけでは終わらない。彼は十分な助走をつけて跳躍し、ジャンヌにとび蹴りを見舞った。
 これをデュランダルの刀身で防いだジャンヌに、今度は拳打が飛んだ。しかし、これもジャンヌはなんなくいなす。
 次の瞬間、突如錬ががくりと膝を折った。
 一瞬、ジャンヌの脳裏に間隙が生じる。これは、どういうことだ? 隙をさらして、こちらを罠にはめる気だろうか。
 ならば、様子見? それとも、警戒して後退か?
 だが、ジャンヌが取った選択肢は違った。
「死ね――ッ!」
 迷わず、デュランダルを袈裟懸けに振り下ろす。錬の頭を輪切りにするコースへ刃を乗せる。
 罠だとしても、それごと斬り捨てる――ッ!
 決死の思いを乗せた斬撃は――しかし、有明錬に防がれた。
 
 右手の甲という、一切の防御が無いはずの部位で。

 ギャリリィッ! と、刃が錬の右手の甲を滑る。
 感触が、おかしい。これは人体と接触した手ごたえではない。では、一体なぜ――?
 想定外すぎる現象にジャンヌは目を見開き・・・しかし、その目こそが、捉えていた。
 錬の右手の甲。デュランダルを弾いたその部分が、黒く変色していた。
 最初、ジャンヌにはその正体がわからなかった。だが、数瞬後彼女の頭脳は解答を弾き出した。
(黒い――鉄――雷のステルス――電気――磁力――・・・砂鉄、か!)
 答えはもう、これしかなかった。
 ジャンヌが氷の超能力――その応用として水分を操り服の水気を飛ばしたように。
 錬は雷の超能力――その応用として磁力を操り砂鉄を固めて即興の手甲にしたのだ。
 つまり。
 つまり、有明錬は。
「間違いない、貴様は・・・ッ! ここで、確実に仕留める!」
 もはや、疑いの余地は消えた。
 有明錬の超能力を確信したジャンヌは、再び斬撃を放つため、デュランダルを再度振りかぶる。
(こいつは、危険すぎる。このまま放置すれば、必ずイ・ウーにとって難解な敵になる! ならば今ここで、私が討つ――ッ!)
 そして。
 ジャンヌは錬の命を奪うために、デュランダルを握る手へと力を込めた――

 * * *

 ――その、1分ほど前。
 錬から策を探してくれと頼まれたキンジは、戻ってきたアリアと白雪に錬の言葉を手短に伝えた。
 そして、これからの方針を纏める。
「とにかく、なんとかしてジャンヌを戦闘不能にしなければならない。力技で制圧するか、武器を破壊するか。このあたりに、焦点は絞られる。何か、いい案はないかい?」
 ヒステリアモード特有の甘い声で、キンジは二人に訊ねる。
 しかし、その問いかけに即座の方策が返ってくるとは、キンジも思っていなかった。第一に、力技で制圧。これは現状無理だ。長時間かければその限りではないかもしれないが、その分逃走や負傷の可能性は増す。ジリ貧でしかない戦法は、ただの悪手である。
 第二に、武器破壊。これも無理だろう。なんせジャンヌが持つ大剣は音速で迫る銃弾を弾き、アリアと白雪の刀と幾合も打ち合ってなお刃こぼれ一つ見受けられない。元来大剣は耐久力に定評があることを考えれば、この案も現実的ではないだろう。
 ではそれ以外で何か――と要求したところで、早々いい考えは出ないとキンジは想定していた。
 しかし、この予想は裏切られることになる。
「私が――私が、ジャンヌの剣を斬るよ、キンちゃん」
「白雪・・・?」
 常にはない凛とした力強さを持った、白雪の声。
 キンジが視線を向けた先、白雪は覚悟を決めたような顔で、じっとキンジを見ていた。
「星伽に禁じられた技を使えば、きっとジャンヌの剣を斬ることだってできると思う。・・・でも、きっとそれを見たら、キンちゃんも・・・アリアや錬君だって、私のことを怖くなると思う。『ありえない』って、きっと遠ざけちゃう。それは、怖いことだけど・・・でも、私はやるよ。ちゃんと、頑張るよ」
 白雪の言葉の意味は、キンジやアリアにはわからない。
 けれど。
 どこか諦めたような悲壮な白雪の表情を見た二人は、顔を見合わせ、そして断言した。
「「絶対、そんなことは『ありえない』」」
 はっ――と、白雪の目が見開く。目じりに、涙がにじむ。
 白雪はそれを指でぬぐい、
「ありがとう」
 そう言って――しゅるり、といつ何時も髪を留めていた白いリボンを掴み解いた。
 瞬間。
 何かが、明確に変わる。ピリピリと、肌を焼け付かせるようなプレッシャーが、白雪から放出される。
 白雪は、腰に下げた刀の柄を握る。すると、鯉口からちろちろと、火の粉が零れ始めた。
「私もまた、アリアやジャンヌのように、脈々とある血筋を受け継いできたの。2000年もの間――『緋巫女(ひみこ)』という、名前と共に。私は――炎のステルスを持ってる。この力で、きっとジャンヌの剣を斬って見せるよ」
 強い確信を持った白雪の表情。
 それを、突如閃光が横から照らす。おそらく、錬の仕業だろう。
 ――さあ。
 これで、手札は用意した。あとは、いつ切るか、だ。
 その答えを示したのは、今度はアリアだった。
「突撃(チャージ)のタイミングは、あたしに任せて。あたしはいつも、なんとなく戦局が切り替わる瞬間がわかる。そのタイミングが多分、一番仕掛けるべきところだわ。・・・半分はカンだけど、あんたたちは信じてくれる?」
 不安げに、アリアの瞳が揺れる。
 けれども、キンジの答えは決まっていた。この状況は、元を正せばキンジがアリアのカンを信じきれなかったことが原因だ。なら、二度も同じ愚を犯すわけにはいかない。
「大丈夫だよ、アリア。俺が君を信じないなんてことは、これから一生無い。信じるよ」
「い、一生!? ばっ、バカ! 何恥ずかしいこと言ってんのよバカキンジ! ・・・ま、まあ少しは嬉しいけど」
「むー・・・」
 照れ隠しにアリアが怒り、白雪は膨れっ面になる。少しだけ、空気が和んだ。
 そして。
 三者三様に、覚悟が決まる。
 ――時が、来る。
「今よっ! キンジ先頭、白雪は2秒後にあたしと!」
 戦局を見守っているアリアが、声を上げた。
 視線の先、錬が、どういうカラクリか、素手でジャンヌの大剣を弾いていた。
 この時点で、キンジは飛び出す。左手には、銃を握っている。
 ジャンヌの、再びの攻撃。凶刃が、もう一度振り上げられる。
 それを、止める必要がある。錬は態勢を崩している。攻撃を防いだ右手は、衝撃に流れている。
 そして錬の背後にたどり着いたキンジは、ほんの一瞬思考する。
(ジャンヌの剣を止めるには、あの技しかない。だが、左手の銃は離せない。――だったら・・・ッ!)
 次の瞬間。
 槍のごとくまっすぐに、キンジの右手がジャンヌの大剣目がけて突き出された。
 だが、そこで終わらない。なんと、振り下ろしが始まり、完全に速度に乗りかけていたジャンヌの大剣――その刀身を、人差し指と中指の二本で挟み、止めたのだ。
「――そこまでだ、お嬢さん」
『二指真剣白羽取り(エッジ・キャッチング・ピーク)・貫指(スラスト)』。
 今瞬間的にキンジが考えた片手での真剣白羽取り――その、応用版。
 相手の攻撃が完成する前に止める、『先行』防御技だった。
(とっさに頭の中でだけ作った技のお披露目が、いきなり発展版とは・・・俺も、いろいろ人間やめかけてるな・・・)
 そんなことをキンジは考えつつ、チェックメイトというように拳銃を突きつける。
 しかし武偵法の存在を知っているジャンヌは、構わずに背後に隠していた最後のヤタガンを取り出すも、
「遅いッ!」
 それは、キンジに続いていたアリアが、日本刀で跳ね上げて弾き飛ばす。
 そして。
 最後の一手が、放たれる。
「――緋緋星伽神(ヒヒホトギガミ)――!」
 星伽候天流(ほとぎそうてんりゅう)奥義・緋緋星伽神。
 超能力(チカラ)の全てを鞘の中で凝縮、一気に解き放ちながらの居合抜き。いかなるものをも焼き斬る、白雪の奥の手だった。
 刀身に纏った炎が、掬い上げるような斬閃と共に、天井へと極大の火柱となって駆け上る。
 炎が消えた後に残ったのは――半ばで両断された、ジャンヌの大剣だった。
 ――ガチャリ、と。金属質な音が、一瞬の静寂の後、鳴った。
 アリアが、ジャンヌの腕に手錠を掛けた音だった。
「――逮捕よ、『魔剣』!」
 それは、明確な勝利宣言だった。
 ――かくして。
 世間を騒がせ、白雪の誘拐を目論んだ連続超偵誘拐犯『魔剣』――ジャンヌ・ダルク30世は逮捕され。
 武偵としての栄光の座をかけて行われるアドシアードの裏側で、ひっそりと事件は終着を見たのだった。

あとがき
どうも、コジローです。
今回でやっとジャンヌとの決着がつきました。長かった。ひたすら長かった・・・!
ここまでお待たせしてしまい、申し訳ありません。あと、ハーメルンの方に投稿してこっちを忘れてたこともすいませんでした。
で、ハーメルンではすでに告知したのですが、この偽物の名武偵という作品は、イ・ウー編で完結することにしました。理由としては、原作のインフレバトルのついていくことが難しくなったからです。銃弾効かないとか勝ち目ないよ・・・。
というわけで、あと半分ほどの道のりですが、これからもよろしくお願いします。コジローでした。
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